orb

アニメとGAMEとマンガな日々
MENU

知らない人なのだから ~座間市の事件に関して

座間市の事件、衝撃的で、ネットでも話題になっていましたが、昨日友人と、「報道がいきなり静かになったね」と話に出て、何かあったんだろうねという話になりました。

私はテレビはアニメ以外ほとんど見ないし(朝も、今はテレ東の経済指標見てる)、新聞もとっていないので、報道関係はネットです。
おかげで、被害者の方たちの顔やらプロフィールを見ずですんでいます。
名前と年齢、住んでいた県くらいの情報しか知りません。
聞くところによると、顔並べて、品評会やらランキングやるという、人間性を疑うようなことも、堂々とされていたそうで。

SNSやら報道では、「死にたい人たちがこんなにいる」ってことばかりとりあげられていますが、友人と私で、「いや、そこじゃない!」ってなりました。
「死にたい」って、逆に思ったことない人のほうが少ないと思います。
ただ、その度合いはある。
身近に自殺した人がいるのではっきり言えますが、本当に死にたい人は、そんなSNSなんかでつぶやく前に死にます。
本当に、さっさと死んでしまう。
友人も言っていましたが、SNSやら友達との会話で「死にたい」を連発する人は、本当に死にたいわけじゃなく、実際にそう思ってしまうようなつらいことに対して、そういう事で自己治癒してる過程だったり、あるいは自己憐憫だったりしますが、他にも、優しい言葉や慰撫の言葉をかけてほしいだけだったり、ただのかまってちゃんだったりすることもあります。
性格的に、やたらとそれを連呼する人もいますが、本気で死を考えている人は少ないでしょう。

犯人が、「実際殺す段になって、本当に死にたい人はいなかった」と言ったという報道は、衝撃的でした。
そうだろう、とは思っていたけれど、実際、何人も殺した人がそれを言うのは、まったく重さが違っていました。
「死にたい」とSNSでそれを言いまくり、「死にたいのなら殺してあげる」あるいは「いっしょに死んであげる」と言ってきた相手に実際殺されるとなって、「死にたくない」と言った彼女たち。
いきなりつきつけられたおぞましい、恐ろしい現実に、どういう想いだったのだろうかと思ったりしました。

私と友人が報道とかに死にたい人たちが多いと大騒ぎする報道に、「そこじゃない」となったのは、「見知らぬ他人の家にあがりこむ」「しかも、女性が男の家に」という部分です。

小さい子に、親は必ず言いますよね。
「知らない人についていっちゃいけない」
それを、ある程度自己判断できる年齢の人がやってる。
しかも、女の子が。
知らない人の家にはいってしまえば、そこは密室です。
何が起きても、助けを呼ぶことは難しい。
監禁、暴行、レイプ、殺人。
そういった行為に及ぶには、楽な環境になります。
女性の場合は、とくにその危険性が大きくなります。
友人は、「知っている人でも、相手が男性の場合は、安易にその人のひとり暮らしの家には行くのは危険」と言っていました。
私もそう思います。

SNSでやり取りしてるし、携帯で話しもしたから、知らない人じゃない、という意見もあるかもしれません。
いやいや、知らない人だから。
知ってる人だから大丈夫って考えは、いったいどこからきたのやら・・・と思います。
今回もそうだし、凶悪殺人事件みたいなのが起きた時に、犯人をよく知る人、例えば学校の同級生とか近所の人とかが出てきますが、みんな言ってるじゃないですか。
「挨拶、きちんとしていて、良い子でしたよ」
「地味で目立たない奴でした。こんなことするなんて思わなかった」
その人の ”本性” なんて、そう簡単にはわからないです。
凶悪な資質を持つ人ほど、それを人々にたやすく見せてはきません。

海老名市の事件の犯人は、誘拐して部屋に連れていったわけじゃありません。
道端で犠牲者を昏倒させて、連れ込んだわけでもない。
犠牲となった人たちは、自ら彼の部屋に行ってる。
優しくしてもらえる、なぐさめてもらえる、励ましてもらえる。。。みたいなものを求めた代償がそれだった。
それこそ、自分から行っちゃったんだから、どうしようもないし、自身の選択の結果としかいいようがないですが、逆にいえば、十分未然に防げたとも言えます。
恐らく、ですが、犯人とやりとしし、彼に誘われたけれど行かなかった人というもいたと思います。

私は、ネット関係で知り合った人やゲーム友と、リアルで会うということをかなりの数しています。
それで、とても良い、長いつきあいの友達となっている人もたくさんいます。
なので、ネットで知り合うことには肯定的ですが、それでも、かなりのトラブルを経験しました。
友人の中には、それで相手がストーカーと化し、事件になりかけたことがありました。
ひとり暮らしの彼女、住所がなぜ相手に知られたかまったくわからず。
仕事が終わって帰宅したら、マンションの入り口にその人が立ってたそうで、近所のコンビニに逃げた彼女が、恐怖に震えながら私に電話してきました。
彼女の住所が知られた理由が、相手の男が、職業権限で、倫理を犯して調べていたことがわかり。

私と友人、「ネットで知り合ったからって、ほいほいとその人についていってはいけない。安易に信用してはいけない。ましてや、相手の家になんていっちゃいかん!って、そっち、報道しろよ!」と言い合いましたが、それを伝えているメディアは見ていません。
「死にたい若者をどうするか」みたいなのばっかり。

自分の身を守りたいのなら。
自分を危険にさらしたくなのなら。
安易についていかない。
安易に信用しない。
安易の人の家にあがりこまない。

それでも、そうしたいのなら、リスクを承知、リスクをしょって、それをする覚悟で、、、ってことになります。
老婆心ながら、それを言いたかったでした。

忍者は本当にいるんですか?

先日、社内のアイドル J君(フィリピン人、日本語堪能)が、突然私に言いました。

「矢野さん、忍者って、本当にいたんですか?」

その時の私の顔 → (00)

キタコレっ!
今までネットでさんざん聞いていた、外国人たちの忍者好きを象徴するような、この質問!!
ついに!!!
ついに、私のところにも来た!!!

私は、厳かに、しっかりと彼を見つめて言いました。

「・・・・・・・忍者は実在しました」

そして、そこから流れ出る忍者の歴史。
忍者が活躍した小説、映画のタイトル。

「クナイや煙玉、手裏剣も、映画のとは違う感じですが、実在しました」と言うと、J君、「そうなんですか!!!」とキラキラに。

しかしその後、J君はとてつもないことを言いました。

「僕、昔、『天誅』というゲーム、プレイしてました。とても面白かった。夢中でやりました」

わあああああああっっっ!!!キタコレっっっ!!!

天誅!!!
昔、超ハマッた忍者ゲームっっっ!!!

私の頭のタガが吹っ飛んでしまったことは、言うまでもない。

そしてその後、たまたま帰りがいっしょになったJ君に、私が言ったこと。

「とっても面白い時代ものの映画があります。ブルーレイをお貸ししましょう」(にっこり)

大喜びするJ君。

私が彼に貸すのは、「無限の住人」(木村拓哉主演)である(笑)


超名作だった ~KUBO 二本の弦の秘密

そもそも公開されていることすら知らなかったのですが、Twitterで話題になっているのを見て、速攻行ってきました。
上映館が少なく、短期間で終わりそうな気配満々だったもので。

いやもうなにこれ!!!
すっげー傑作。
超名作でした。

物語は、心を病む母親と、海のそばで隠れるようにして暮らしている母親クボ。
三味線を使って折り紙を操る力を持つ彼が、ある時、母から言われていた禁忌をうっかり犯し、その結果、得たいのしれないものに命を狙われることになります。
3つの武器を求めて旅に出ることとなったクボには、不思議な力で人形から生物になった猿と、記憶を失った昆虫男が同行することになります。

ライカはストップモーションアニメの製作会社です。
クボの撮影も動画にあがってますが、何シーンもコマ撮りして数秒とか、そういう作り方になります。
実際の人形を使うので、CGアニメとは明らかに違います。
いやもう、そこがまず、驚きの部分。
CGアニメとはまったく違う、すごい物量感があるんですよ。
立体に感じる、のではなく、明らかなる立体って感じ。
存在感が全然違うんです。

戦闘シーンがかなりあるのですが、それもどえりゃーかっこいい。
すごいですよ。
もう、それしか言えないんだ。
それくらい、すごい。

物語は日本が舞台ですが、アメリカ人がよくやらかす、ナンチャッテニッポンじゃないのもすごい。
日本人が見ていて、違和感がない。
友人が字幕で見て、キャラが英語しゃべってるのに違和感だったっていうくらい、日本の描写に違和感がありません。
私は英語で見たんですが、単語や表現がきちんと日本の表現に即したものになっていました。
慣習や風習もしっかり描写されています。
吹き替えですが、猿が田中敦子さんなので、こっちで見たほうがいいかも。
私は、オリジナルがシャーリーズ・セロンとマシュー・マコノヒーと聞いて、そっちで見ました。
いやぁ、ハリウッドの俳優は、声優やらせてもうまいわー。

もう、息を呑む展開。
そしてラスト、ぶわっと涙腺大決壊となりました。
いやぁ、やられたわ。

Twitterで広まった映画に、はずれないです。
「この世界の片隅で」も、実は原作者のマンガがあまり好きではなく、映画全然見るつもりなかったんですが、Twitterであげていた人たちが「とにかく行け!」って熱い感想で、それで行きました。
上映館が少ない映画、あるいはマニアックな映画、宣伝を間違えた映画とか、見た人の布教はありがたいです。
ただ、感想もいいものばかりじゃなくて、「XXみたー!その後、アイカとご飯食べたよー、すっごいおいしかったしー!」みたいなので自撮り写真掲載しただけのものとか、「XXってさー、けっこうえぐいって聞いてたけど、私はOKだったしー」みたいなものもあって、参考どころか、感想にもなってねーよ!なものもありまして。

地方はこれから上映が始まるそうなので、見に行かれるようでしたらぜひぜひ。
都内とか、上映館がどんどん少なくなっているそうですが、評判がここにきて上がり、満席の上映もでているそうです。
見れるうちに、ぜひ、映画館で。

コミティアにいってきました

ついに、倒れ付しました。

帰宅してそのまま、歯も磨かず、お風呂にもはいらず、かろうじてコンタクトだけ取って、そのままホットカーペットの上に転がり、気がつけば朝でした。
ぎゃー。

疲れすぎてて、本が読めなくなり(字を追えなくなった)、映画も見れなくなり(最後まで集中力がもたない)、ゲームできなくなり(頭痛がひどくて画面を見ていられない)。
完全に末期。

そんな中、友達のサークルのお手伝いで、コミティアいってきました。
いやぁ、もうストレスふっとんだよね。

コミティアは、創作同人即売会なので、二次創作はいっさいありません。
マンガの他、イラスト、音楽、文芸、ハンドメイドなものもあります。

二次創作の同人イベントは華やかで、賑やか。
隆盛ジャンルだと、来ている人たちにも勢いがあるし、本も売れます。
はっきりいえば二次って、好きなカップリング、好きなキャラ、好きなタイプの絵なら売れる。
内容とかセンスとか作家の力量とか、そういうのより、そういう部分で本が売れます。

オリジナル創作は、まったく違っておりまして。
そもそも、どんな話なのか、わからん。
作家の力量、センス、物語の面白さなどなど、買う方はシビアに見てきます。
よって、売れません。
1冊売れたら万歳!という厳しい世界。
でも、だからこそ、その1冊買ってくれた人に対する感謝は大きく、それだけで、これからも描いていける力をもらえるイベントです。
手にとってくれただけでも、心からありがとう!という気持ちになる。

ゲーム友だった人(完全過去完了形)に、自称作家がいます。
なんで自称かっていうと、作家じゃないから。
小説専門サイトに小説を掲載しているのは事実ですが、プロでもなんでもない。
でも本人は、ゲームで関わる人、実際会う人に、「俺、作家です」って言いまくってます。
んで、びっくりなのは、それを「彼は作家」って本気で思う人々。
ご飯代とか、彼の分まで出してやって、「あいつが大作家になったら返してもらいます」って、その人、30歳オーバーでっせ?
ちなみに書いているのはラノベ。
そして、彼が掲載しているネット小説サイト、トップクラスに人気だとかいう女性が、「今日からエッセイ書きまーす!!今日はカレー作ったー!おいしかったー!!終わり」って、そういう世界。
私の友人が、「Twitterかよ」って言いましたとさ。

で、その人関連で、これまた自称イラストレーターが登場。
いやもうびっくりなのは、その人が本当に自称で、pixivにすら出してないから。
ただ、イラスト描いてるだけだから。
でも、その彼らに会って、「作家とイラストレーターの自慢の友達たち!」ってやってる人々がおります。

内閣総辞職ビーーーーーーム!!!

コミケでもコミティアでも、自分を作家だのマンガ家だのイラストレーターだのと、自ら言う人はおりません。
っていうか、そんなことやらかす人はおらんでしょう。
しかしコミケでもコミティアでも、本当のプロは山ほどいるし、プロ以上にすごい作品を出している人たちも山ほどいます。
友達も言ってましたが、pixiv見ると、世の中には天才がやまほどおる!!!くらい、すごい人たちがあふれかえってるんだが、彼らが「自分、イラストレーターです」とか言わない。
そりゃ言わないよね、みんなわかってるもの。

彼らの前には、作品があります。
それがすべて。
作家だのイラストレーターだのってタイトルとか、どうでもいい。
人に見てもらうというのは、ある意味、厳しい評価の場でもあります。
その厳しい場所に、きちんと自分の作品を手に出てるいることが素晴らしい。

イラストのジャンルまわっている時に、ふと立ち止まったサークルで、作者らしい女性が「一生懸命描いたんですぅ、がんばって描いたものなんで、みていってください」と私に言いました。
見たけど、買いませんでした。
一生懸命がんばって作品を仕上げるなんて、当たり前じゃないか。
自分の作品を前に、そんなことしかいえない人のものには興味ありません。

隣のサークルの人、ひとり参加さんでした。
私が売り子している間は、1冊も売れていませんでした。
その方が帰る時に言葉をかわしたのですが、もとは二次創作をやっていたんだそうです。
でも、描きたいものが出てきて、二次創作からオリジナルに移ってきた。
そしたら彼女、言いました。

「私、この物語、最後まで描きたいんで、がんばります」

胸熱すぎて、泣きそうになりました。

最近、pixivで、世の天才たちの作品を見て、心が折れてしまう人が増えているのだそうです。
簡単に作品をあげて公開できるよいツールなので、世界のどこかでひっそり描いていた天才たちの絵が、大量に見れるのがpixivらしい。
それを見て、自分の描いているものと比べて、筆を折ってしまう人が大勢いるとのこと。

いやいやいやいやいや!!!
やめちゃいかん!!!
天才の作品に驚愕し、感嘆し、そのすごさをわかるあなたには、”見る目”があるってことです。
素晴らしい作品を素晴らしいと、きちんと見ることができる、理解できる力があるってことは、つまり、創作するのに重要な土台はちゃんとあるってこと。
だから、やめちゃいかん。
天才たちの作品から比べたら、そりゃもう今の自分の作品のだめさが、むしろわかってしまってつらいかもしれないけれど、その天才と同じもの、同じレベルのものを自分が作る必要はないんですよ。
自分が描きたいものを、自分の描き方で描けばいい。
自分がやりたいようにすればいいんです。
それが、アマチュアの世界の素晴らしいところ。
「うまいですね!」とか「すごいですね!」って言われることが、目的じゃないはず → それは自称作家なアホらがやってること
描きたいものを、自分が納得する形でいかに完成させるかが大事と思います。
天才には天才の作品が、あなたにはあなたの、あなたにしかできない作品があるはず。

「写真やってまーす」自慢とか「俺、作家なんすよね」って言ってる人たちはね、それこそ、すげー天才な作品見ても、全然意味も価値もわからないから。
それこそ、駅の広告とかにある写真見ても、まったく認識してないし、作家っていっててまったく本読んでない、書店すらいかないとかで、天才的な作品が出てきても、彼らの前にはただのごみでしかないから。
彼ら、語る言葉がいっちょまえでかっこいいこと言ってるけど、中身ねーから。
そういってる自分が大好きで、自分に酔ってて、それで注目浴びるのが大好きなだけだから。

そんなクソと比較して、本当に申し訳ないんだが、ひとつの作品を前に、うちのめされている人。
自分が描いているものを前に、苦闘苦悩している人。
何度も描きなおし、何度も途方に暮れ、何度ものたうちまわっている人。
本当に、本当に、がんばってください。
今、あなたの前にある作品を仕上げてください。

コミティアは、魂、洗われました。
自分の創作に真摯な人たちの場でありました。

懐かしいSFのかおり ~ストレンジャーシングス



Netflixオリジナルドラマ、巷で高い評価を受けていたので見てみました。
全8話、1日で見ちゃった(笑)

いじめられっこな4人組のひとり、ウィルが突然、謎の失踪を遂げます。
シングルマザーで、精神が不安定なウィルの母は、ウィルは壁の中にいる、私と会話したと言い続けますが、もちろん誰も信じません。
残る3人、マイク、ルーカス、ダスティンは、ウィルを探す中で、謎の少女イレブンと出会います。
警察署長のホッパーは、失踪したウィルを探す中で、街の中に起きている奇妙な事件、そして街のはずれにある施設が、そういった事件になんらかの形で関与していることを知ります。
そんな中、マイクの姉ナンシーの友人も、突然の失踪を遂げます。

ドラマの舞台は、80年代のアメリカの地方都市。
これ、映画「It」と同じ設定です。
マイクを演じている子役が、「It」のおしゃべり毒舌の子だったりしていて、かなりかぶってる。
全体的に似てる感じはしていて、「ストレンジャーシングス」は、スティーブン・キングの影響も受けているということをはっきり表明しているそうなので、まぁ、そのあたりが前提で製作されたものなのかもしれません。

違うのは、「It」はホラーですが、「ストレンジャーシングス」はSFです。
しかも、最先端のSFではなく、私たちが子供の頃に読んだ、懐かしいSF。

ネタバレなしでいきますが、ウィルが連れ去られたのは別次元です。
同じようにさらわれた人たちが次々を殺されていく中、ウィルは逃げ延び、母親となんとか交信を果たします。
壁の向こうに薄く見えるウィル、しかし、必死に壁を壊した母親が見たのは、壁の向こうにある外でした。

そして、謎の少女イレブン、通称エル。
彼女は、超常現象を研究する機関に、赤ん坊の時に無理やりつれてこられて、実験材料にされていました。
研究所から逃げてきたエルは、マイクたちとともに、ウィルを追います。

いやもうこれ、何!!!
小学生の時に読んだSFのネタ、全部ぶっこみでしょ!!!
パラレルワールド、超能力者、謎の研究所とそこで働く人々、襲いくるモンスターと、それらから逃げる少年少女、そして謎を究明する大人の男。
やだもうなにこれ、全部盛り!って感じじゃないですか!!!

このドラマのすごいところは、その小学生の時読んでた!!!なネタを集めながら、しっかりがっつり、違和感なくドラマに仕立て上げていて、さらに、物語がきちんと終わっているところ。
アメリカのドラマあるあるの、謎放置、意味不明、中途半端に終了して、「次のシリーズ見てね」じゃない。
全部、きっちり終わってます。
一応。

それから、子供が子供でクソかわいいのも、魅力のひとつ。
彼らの、無謀でアホでバカで無鉄砲で、むやみに正義感にあふれたその姿が、無茶苦茶かわいらしい。
歯のないダスティンが、いちばんかわいい(笑)

ウィルのおにーちゃんとマイクのおねーちゃんも、すごいいい味出してます。
マイクのおねーちゃんナンシーが、いい子ちゃんなんだが、ワイルドなイケメン相手にやたらとビッチなことやっちゃって、その結果、思わぬ人が事件に巻き込まれることになるんですが。
いやもうなに、これから男とヤッちゃう気満々のおねーちゃんにとって、友情とか常識とか、ほんっと意味ないよねーって思いました。

シーズン2が先日から公開だそうで、もちろんこの話のその後になっていますが。
ちゃんと物語は終わっていますが、中に、次に続けられる要素はきちんと作られていました。
異世界の扉は閉じられておらず、どうやら怪物は一匹だけではない。
エルはどうなったのか?
ウィルの体に残された異変は、いったい何なのか。
そして、イレブンというからには、他に10人の披験体がいたということで、その人たちはどうなったのか?

2では、ダスティンの歯ははえたかな?(笑)


近況

仕事がね、本当に忙しくて、ですね。

今日は、日本とNYと香港で電話会議やりたいから調整してって言われて、いろいろやりました。
んで、ITのトレーニングをネットで香港から受けて、今週中にコンプライアンスのトレーニングも受けなければなりません。
毎月大量の外国人が来日するので、その手配に追われ、上司現在NY滞在中で、半日遅れでの仕事になってたりで、へろりんぱ。
年末年始に、とってもえらーい人たちが来日するので、その準備もあります。
今日、日本時間朝、NY時間夜で、上司から電話があって、「もうね、疲れちゃいましたよ」とつぶやいておりました。

上司のそのまた上司だった人は、別の会社にヘッドハントされていったそうですが、年収1億数千万、超高級高層マンションの部屋会社借り上げって契約で、別会社に移ったそうです。
業界、よくある話で、そもそも人の金の話なので、素直に「すげー」で終わりました。
世の中ちまたあふれるTwitterキラ垢女子のみなさん、年収一千万で商社マンか医者!とか、もうねー、鼻くそ飛ぶよー。

今の会社ですが、前の会社にいた自慢屋女子みたいな人はおりませんで。
男の部屋に同棲してるのを、「私、六本木(もしくは麻布、もしくは赤坂と)に住んでいたことがあるからー」とか、そんなことで自慢する女性はおりません。
プロフェッショナルな方たちは、女性でも個室持ちで、みなさん、自分で軽く一千万超えの収入で、自力でそういうお高い場所に押住いです。
ブランドにぎらぎらしている人もおりませんが、ふと見ると、「・・・・そのヒールはルブタン・・・」とかよくあります。

上司ふたりにゲーマー身バレしてるので、私、隠す必要もなく、さらには上司が「ゲームの調子、どお?」とか聞いてきます。
いい職場だー(笑)
しかし、ほんとにとんでもなく忙しい。

ちなみに私、NYと香港であだ名がつきました。
”エンジェル”・・・・・・・・・・・・・・・なにこれ、どこのドラッグクィーン・・・・・・・
とあるえらい人のエマージェンシーをサポートしたら、「キミは僕のエンジェル」って言ったことで広まりまして。
ってことで、たまにメールに、「ディア、エンジェル」って書いてくる人がいます。
やめてほしい。
マジで。

最近のシージですが、チーム全員でバカ凸プレイが大流行中です。
もう、いっきにターゲット直行。
絶対にこれは渡さん!って、Jさんがスレッジでつっこんでいって、壁という壁を壊しまくってます。
楽しい。

ホラーテイストのスタンドバイミー ~ It それが見えたら終わり



「It それが見えたら終わり」見てきました。
ホラー映画ではありますが、どっちかっていうと、ホラーテイストのスタンドバイミーみたいな感じの映画でした。
ホラー耐性強い私には、むしろ泣ける映画でありました。

突然行方がわからなくなった弟のことを、今も生きていると信じているビルは、いじめられっこな同級生たちのグループ、ルーザーズ(負け犬ども)のメンバーのひとり。
みんなとの楽しい夏休みの日々の中で、得たいの知れないものが、街の子供たちをさらい、死においやっていることにある日気づきます。

まず、ルーザーズの子供たちがとてもかわいい。
棒みたいに細くて吃音のビル、でぶっちょだが繊細で頭の切れるベン、ユダヤ教ラビの父を持つまじめなスタンリー、過保護な母親を持つ喘息もちのエディ、おしゃべりで毒舌家のリッチー、祖父の牧場で働くマイク、そして身持ちだしない子だと噂の耐えない女の子ヴィバリー。
彼らがとにかくかわいいです。
とくに、太っちょのベンがかわいい。
彼らがちゃんと、等身大の子供だというのが、この映画にはかなり重要でもあります。
ホラー映画にありがちな「だからお前、そこでそれやるのかよ」ってシーン、「あー、子供ならやるよね」になる。

しかしこの映画、まったくもって、子供向けじゃないのは、彼らが置かれるそれぞれの立場。
弟を失って、家や親が最もつらいものに変わってしまったビル。
厳しい父親の前で萎縮するスタンリー。
息子を病弱に仕立てることで、自分の保護下に置いているエディの母親。
マイクの両親は、ふたりとも火事で焼け死んでいます。
ベンは、どこへいっても友達ができない。
そしてヴィバリーは、父親から性的虐待を受けている。
これは、彼らをいじめまくるヘンリーも同じで、彼は高圧的な父親に翻弄され、抑圧されています。

ピエロは、そういう彼らの恐怖につけいってきます。
この映画、あくまでも子供として感じる恐怖なので、けっこうお茶目。
顔が変な絵の人物まんま襲ってきたり、おかしな動きをしたり。
私はうっかり笑ってしまいましたが、隣の席の女性はものすごいビビッてたので、人によってはとても怖いかも。

子供はやっぱり子供で、バカだし、あほだし、いろいろ足りないし未熟だし、本当にもう、ぐりぐりしたくなるくらいかわいいんですが、でも、彼らは彼らなりにものすごくがんばって生きていて、一生懸命考えていたりします。
その未熟で新鮮でピュアな心から生まれる恐怖と肉が、ペニー・ワイズの餌なわけだ。
恐ろしいあの場所で「あなたなんか怖くない」と言ったヴィバリーと、彼女を救うために、その恐怖をかなぐり捨てたルーザーズだからこそ、ペニー・ワイズと戦えたのだろうなと思いました。

自分、すっかりいい歳のオトナなので、こういう子供が出てくる映画見ると、いつも考えてしまうことがあります。
それは、「自分は、彼らのような子供を守る大人でいられるだろうか」ということ。
この映画には、彼らを守る大人はひとりも出てきません。
助けようとする大人もいない。
近所の人も、親も、彼らを守っていません。
刃物を向けられているベンを見ながらも、知らん顔で通り過ぎていく大人もいる。
私には、ペニー・ワイズより、そのことのほうが怖かったでした。
(ひとりだけ、ちゃんとした大人が出てきます。ベンに「外で遊べ」と言ったおばあちゃまな司書の人)

この映画は第一章で、彼らはまた27年後にあの街に戻ることになります。
公開は2019年の予定。
とても楽しみです。
でも、あの太っちょなベンにはもう会えないのかー・・・



マリリン・モンロー ~レインボーシックスシージ

先日シージプレイで、私には初めましての女性のプレイヤーがチームに参加しました。
フレンドのフレンドさん。
明るい、とても元気な方でした。

それはいいんですが、それでちょっとびっくりしたことが。
残り3人男性陣のテンションがいきなりあがりまくり、いつもは寡黙なKさんがしゃべりまくり、D君もわーわー騒ぎまくり、Jさんもわいわいわめきだす。
さらに3人、やたらとしゃべりまくる。
女性プレイヤーさんが、上手くそれを受けて盛り上げるので、さらにみんなのテンションがあがりまくる。
ってことで、いつもと違って、やたらとにぎやかなプレイ時間になりました。

楽しかったからいいんですが、女性がはいってくるとこんなにも違うのか・・・と思ってふと、「あり?私も女でしたよね?」になり。
思わずD君に聞いてみた。
「なんか、違いますかね?」

D君の答え。
「矢野さんのノリは、俺ら側だから

俺ら側 = 男側

なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!

それを聞いたYSさん。
「あー、うん、まぁ、そうだね」

なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!

がっくりきておりましたが、ふと、「そういえば、確かにあのノリは私にはない」と。
何のノリかっていうと、会社とか合コンとかで、男性陣の気持ちを盛り上げるようなトークというか、対応というか、それ。
媚とか甘えとかじゃなくて、なんていうか、彼らの気持ちを上手にくすぐり盛り上げる女子力を要するあのトークってか、それ。

私にはない。
っていうか、捨てた。

考えてみたら、会社関係の飲み会なんてほぼないし、合コンとか行かないし、そういうのに盛り上がってるような人達との関わりは現在ほぼ根絶されている状態で、そういう種類のトークが必要な場とはきれいさっぱり縁が切れてます。
プライベートで男性と会う、飲む、ご飯食べるってなると、ほぼ、同種(オタク)か同じ考え方の人、もしくはやたらとえらい立場のおじ様勢になってるので、盛り上げトークってのは存在しないし、彼らも必要としてない。
さらに言えば、そういう場でお酌とかしませんで、むしろされる側(笑)

ってことで、かつては多少なりともあったと思われるそっちのスキルがなくなった今、そのスキルの効能の高さを知るという、手遅れな状況に直面したという次第。

そうなのかー。
あの女子力炸裂な見事なトークと盛り上げ術は、彼らをこんなに楽しませるのかー。
・・・と、しみじみ思いました。

思わず、「私もあれを身に着けるべきだろう」と言ったところ、D君 「無理じゃないすか?」と。
君、最近、私に辛らつだぞ?

その後、リア友にこの話をしたところ。
同じ部隊の兵士 → 私
慰問にきたマリリン・モンロー → フレンドのフレ女子
・・・の違いだろうと言われました。

あまりに的確な表現で、脱帽した。

ゲーム、プレイでちょっと思ったこと

最近、ゲームに対する意識が自分の中で変わったなということに気がつきました。
つきまとっていた焦燥感がなくなり、自分の中にあった黒いものがだいぶ減った感じ。
バイオからCoD、シージと、ずっとうまくなりたい、強くなりたいってものすごくがんばっていた部分、角が取れた感じがします。

バイオはふたりでスコアを伸ばすゲームでしたが、良いスコアがでなかった時、個人スコアの高い人が低い人に対して「お前のせいだ」というふうに落とすのが常套でした。
実際、スコアを上げようとしたら、自分よりうまい人と組んでプレイするというふうにされていたので、良いスコアが出なかった時、個人スコアの低い人にその責があるって見方は間違いではない。
でも、それだけが理由でもない。
スコアを伸ばそうとがんばっていた自分、高いスコアが出なかった時に放たれる非難批判、時にはフレンドから「あなたとやってもスコアが伸びないから、もうやらない」といわれたりとか、まぁ、へこんだ、へこんだ(笑)
でも、今考えたら、別にそこまで下手じゃなかったんじゃないかと。
見知らぬ野良の人とやって、いきなりスコア大更新とか、出来てたわけだし、逆に、見知らぬ誰かのスコア更新に貢献できたこともあるし。

その時、たまたま野良で何度かやったことのあるトップランカーの方から、メッセージいただいたことがあります。
「全然下手じゃないし、むしろなんでそのスコアしか出ていないんだ?という印象です。
 タイミングとかプレイとか、上手く合うパートナーに出会えれば、いっきにスコアあがると思いますよ。僕はとてもやりやすかったし楽しかったです。ゲームはそれが一番大事です」

CoDでは、強くなりたいって意識がもっともっと強くなりました。
グループにはいることもできて、プレイそのものの楽しさは増しましたが、チーム最弱のポジションから抜け出すことができず、ものすごい葛藤がありました。
「楽しければいいじゃないか」と言ってくれる人もいましたが、キル数が圧倒的に少ない自分に満足できなかったし、そもそもプレイを楽しめなくなりました。
かの梅原大吾も言ってますが、上達しなければ、ゲームが楽しくなくなるのは必定。
さらに、大敗を帰した時に、個人戦績の悪い人にその責務を問う言葉が出ます。
これは、フレンドであろうがなかろうが出る。
そしてある時、サポートプレイしている自分、貢献してるって言うけれど、もしかして、味方プレイヤーのスコア上げる事に貢献してるだけなんじゃないのか?って気がついた。
そう思ったのは、とあるフレンドの言葉からで、もちろんみんながそうだとは思っていません。
でも、CoDってゲームはキルするゲームなんだ、それがもっとも重要なゲームで、それこそが勝利につながる道なんだと気がついた。
「結局キルしたいだけなんじゃないか」といわれたこともありますが、それに対してフレンドのひとりが、「だってそういうゲームだよ?そう言ってるあの人もあの人も、みんな、自分がキルできなかったら、スコアが悪かったら激怒するし、ゲーム途中で抜けたりもしてるじゃないか」と言ってて、そうだなーと思いました。
そんなこと考えてるうちに、ゲームそのものを楽しめなくなっちゃった。
考えてみれば、ゴーストとかAWとか、高いスコア出せてたし、良いプレイも出来ていたりしたんですよね。

シージがキル数を競うゲームじゃなかったこと、私には幸いでした。
キルしたいプレイヤーのフレンドは、あっという間にシージから離れました。
最初にやっていたグループからは、CoDと同じ「へたくそだから」って理由で、嘘八百並べられてはずされました。
ひとりでやればいいやって思ってたら、見知らぬ人から誘いがあり、そこでチームプレイ開始、その後、私と同じように最初のチームからはずされてしまったフレンドに声をかけ、今いっしょにやってるチームの母体が出来ました。

シージプレイは、ぶっちゃけ、エンジョイ勢になりました。
ただし、マインド・エンジョイ勢。
強い相手にぼこぼこにされると、みなさん、燃えます。
次は絶対に勝ちたいって、再戦しようとします。
味方同士、好きなオペレーター、好きな武器でOK、プレイスタイルも好きにしていい。
負けた時も、味方にせいにする言葉が出たことはありません。
ほんと、びっくりするくらい、出たことない。

シージでも、上手い人はキル数高いですが、いわゆる強いプレイヤーという概念においては、キル数だけでは判定されませんし、撃ちあいに強い人でもあっさりやられるので、スコアだけで強さを判断することはできません。
守備の場合、1キルもしなくても、最後のひとりで生き残ることが勝利につながるし、攻撃も味方のサポートで大きく貢献することができる。
さらに、ガジェットがプレイに大きく貢献していて、キルには繋がらなくても、抑止力や防衛、あるいは味方を守ることができます。
つまり、プレイの幅は広い。

シージプレイ始めてから、自分の中に黒く渦巻いていた葛藤や焦燥感はなくなりました。
自分が弱い、だめなプレイヤーというレッテルからも、やっと解放された感じ。
そのレッテルは、外からも貼られていたけれど、自分自身も貼っていたものです。
撃ちあいに強いとはまだ言えないと思っているので、ここは練習中です。
強くなりたいと思う気持ちは、相変わらず。
でも、かなり形が変わったように思います。

そしてレプリカントは・・・ ~ブレードランナー2049

「ブレードランナー2049」観ました。
アメリカでは賛否両論だそうで。
はっきりいって、アベンジャーズとかトランスフォーマーが大好き!とか、そういうのをSFって思ってる人にはまったく面白くいないだろうし、お勧めもしません。
もともとわかりやすい話じゃないし、前作も公開当時はさほどに注目を集めなかったし、BGMのCDが発売されたのも10年後だそうなんで、万人に受ける映画じゃないって前提。

主人公は違いますが、物語は前作につながっています。
前作でレプリカントを製造していたタイレル社はその後倒産、その技術を買ったウォレス社が、人間に絶対に忠実な新しいレプリカントを製造する世界、その新しい型番のレプリカントKは警察で、旧式のレプリカント(タイレル社製造)を解任(殺害破壊)する仕事についていました。
過酷な僻地で農業を営んでいたレプリカントを解任した後、そこに埋葬されていた者が、出産経験のあるレプリカントのものと判明、Kはその”人物”をつきとめ、解任する任務を与えられます。

ウォレス社の社長は、レプリカントによる妊娠出産によって、さらなる労働力を”生産”しやすくなるという考えをもっています。
しかし、警察側は、レプリカントの妊娠出産を、人類の脅威とみなします。
生まれた子供を追うKはレプリカントで、厳重な警察のテストにも異常はみられませんが、その反面、ホログラムの女性を愛し、”子供”を追う中で葛藤を持つようになります。
Kに解任される農夫、製造されたばかりでウォレスに殺される新型、娼婦の仕事に従事するレプリカント、そしてKが愛するホログラムと、登場する”人造人間”たちはみな、感情豊かで心を持ち、人間となんら違いを感じません。
「魂がない」
人間もレプリカントも、違いをそう表現します。
では、その魂とはいったい何か。
どういう形をし、どういう存在で、どういう物質なのかという部分、人間もレプリカントも説明はできない。
それがいったい何なのか、誰も知りません。

その部分、攻殻機動隊で”ゴースト”と称されていたものと一致します。
それは物理的には存在せず、あくまでも概念でしかない。
我々が当たり前のように持つその概念は、いったいどこからきたものなのか、何に由来するものなのか、誰も知らない、わからないまま、私たちはそこに境界線を持ちます。
これはいったい何なのか。

この部分、日本人は、他に例を見ない特殊な文化を持つ民族と思います。
我々は、八百万の神の存在を、文化習慣思想の中に普通に持っていきています。
木や花、動物にも魂や心を感じ、それは古い建物や仏像、人形、あるいは鏡や機械、乗り物にも感じる民族です。
ルンバやペッパー君に、当たり前のように人格や愛情を持つ我々日本人の「ブレードランナー」に対する見方、感じ方は、欧米人のそれは明らかに一線画すと思います。

監督したのは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。
前作のイメージを損なわず、さらにはヴィルヌーヴらしい演出や映像が満載の映画でした。
情感たっぷりで詩的ですが、容赦ない表現をしてくるので、美しい絵の中に強烈なインパクトがあります。

ずっと無表情だったKが、最後に一瞬だけ、笑顔を見せます。
ネオンきらめく街を見下ろしながら、自身の存在を問いながら絶命した前作のバッディ、ルドガー・ハウアーに対し、「ブレードランナー2049」のK、ライアン・ゴスリングが見せるこの映画の最後は、とても静かなものでした。

前作から今作につながる間に、短編映画が3作YouTubeで公開されています。
先にこれを見るようにという人も多いようですが、私は後に観た方がいいかなと思いました。
本編見た後、この3本を見ることで、さらに深みが増し、あらためていろいろ考えるきっかけになりました。
映画は3時間という長さですが、あっという間でした。




CoD CM

CoD新作のCMです。
このシリーズのCMは、ほんとにいいよね。
大好きです。

出自も性別も背景も世界も言語も宗教も住んでいる場所も年齢も、まったく関係ない人々がチームを組んで戦うって、それをすごくすてきに描いています。

今期視聴アニメ

久しぶりなアニメ話。

今期は、おそ松さん、宝石の国、血海戦線を録画視聴しています。
3月のライオン、どうしようかなって思ったんですが、結局見ない方向に。
あくまでも個人的な好みの問題で、ひとつは情感ありすぎて私にはうっとうしいレベルになってるのと、原作をそのまますぎて、アニメで見る意義をあまり感じないのがあります。
羽海野さんの作品は、「はちみつとクローバー」でも同じでした。
1期は途中までみていましたが、すごくレベル高い出来のアニメと思ってます。

おそ松さんは、初回から酷い話で(褒めてる)、やってくれるな!と思いました。

前期、思わぬ発掘だったのが、「刀剣乱舞」でした。
その前のは、男がきゃいきゃいうふふしすぎて、そもそもキャラを知らない私にはあまりに意味がふめーで1回目で見なくなってしまったのですが、今回のはまったき剣劇で、キャラを知らない私でも楽しめました。
みんながおじーちゃんって呼んでるらしいキャラの剣さばきが、あまりに美しくてうっとりした(笑)

そういえば先日、運慶展見た後、本館まわったら、なんかすごい人だかりがしておりまして。
なんぞ?と思ったら、刀の展示に列ができてました。
女性列で、みんな写真撮ってて、係りの人が「お一人様、1枚でお願いします」とか言ってたのですが、あれ、きっととうらぶでしょう。
すごく違和感があったのは、みなさん、それしか見ないで、写真撮ったら他はガン無視で帰っちゃうんですよね。
まぁ、擬人化されていないけど、他の刀もみていってあげてくださいよ。。。と思いました。
ちょっと冷たい考えですが、萌えは萌えなので、終息する日はいつか来ます。
その時、買ったグッズも写真も、全部ただのごみか地層、あるいは過去の遺跡になっちゃう。
それはもう、オタクの常なんでいいんですが、その中で何人かは、刀ラブとして残るかもしれません。
とうらぶがきっかけで、刀に目覚め、歴史とか掘り下げていってます・・・みたいな人がたくさん現れるといいな。

すさまじき知的戦闘 ~女神の見せざる手



欧米では、賛否両論だそうです。
私は、俄然推します。
すごい映画でした。

無敵のロビーイスト エリザべス・スローン。
銃所持支持を広げ、法的にもそれを推していきたい大物が、スローンにロビー活動を依頼してきます。
しかし彼女は、鼻先でそれを断ります。
仕事を請けなければクビだという会社を去ったスローンは、銃規制を支持するロビー活動を行う会社にはいり、明らかに不利な状況の中、圧倒的なパワーと能力でその状況をひっくりかえします。
しかし、敵となった元会社と依頼主は、彼女のすべてを洗い出し、違法行為を晒すために彼女を聴聞会へ召還することに成功します。
それは、すべてお膳立てされた、彼女をつぶすための聴聞会でした。
けれど、その聴聞会で、人々は予想もしていなかった展開を見ることになります。

スローンは、自分の戦略を誰にも明かしません。
つまるところ、誰も信じていない。
どこでもれるかわからないし、どこでほころびが出来るかわからない。
ともに働く人たちは、結果として裏切られることにもなるし、だまされたということにもなりますが、敵となった相手にとっては、そんな生易しい事態をはるかに超えた、大きなダメージを与えることになります。
利用できるものはするし、踏み台になるものは踏みつけにする。
その結果、思わぬ事態を起こし、ひとりの女性が命を危険にさらすことになります。

しかし、映画を見終わった後、彼女は血も涙もない、誰も信頼、信用しない、勝利のためだけになんでもする人だったのかというと、いや、そうじゃなかった、まったくそうじゃないとなります。
彼女は、銃規制のために、それこそ自分の身を犠牲にして活動します。
それこそ、すべてを投げ出して、ロビー活動をします。
そして、人としての信頼や信用がなければ絶対に叶わないある戦略を、彼女はしいています。
それこそがジョーカー、切り札となって、見ている我々も驚くような形で使われます。
それが出た瞬間、私、思わず口をおさえて、呆然としました。
すごいです。
見事です。

そして、彼女はお金で動いていません。
それもラストではっきりと示されます。
だったら彼女は何のために、あそこまでのことをしているのか。
勝利の美酒に酔うためなのか?
恐らくはそうではないでしょう。
彼女は、恐らく誰にも理解できない、彼女の信念に基づいて戦っていると思います。

キィパーソンは3人。
彼女に離反して、敵となった会社側に残った元アシスタント。
新会社の有能なアシスタント。
そして、彼女が金で買っていた男。
彼女ら、彼らは、スローンと親しいわけでもないし、ある意味彼女に利用されているし、ぞんざいに扱われています。
しかし、そこには、絶対的な信頼と信用がありました。
普通にはない、誰にも理解できない、スローンと彼らだけにしか存在しえない、起こりえない信頼関係です。

ひとつだけ、ネタばれですが。

彼女が金で買っていた男、はっきりいってチャラかったです。
しかし彼は、映画の中で唯一、スローンが弱さをさらけ出したのを見た人物です。
彼は聴聞会に召還され、スローンを潰すための材料に使われます。
しかし彼は、「スローンとの関係に売春行為があったか」という問いに、「いいえ」と答えます。
「ホテルのスタッフが数名、あなたが彼女の部屋にはいっていくのを見ている」と言われても、彼は「売春行為はありません」と応える。
聴聞会は、そこに召還された際、真実を言うことを宣誓します。
虚偽を延べれば、重罰に処れる。
彼はそこで、”嘘”をつきました。
しかし聴聞会側は、「お前は嘘を言ってるだろう」とはいえないのです。
彼は、客のプライバシーを守るという職務上のルールを、徹底的に貫きました。
それは、形こそ違えど、その仕事のプロとして、スローンに通じるものがあります。

とにかく台詞量が多いです。
あと、内容が政治的なので、そもそも日本語でも難解で、そんなの英語でわかるわけもなく。
アメリカの政治とか銃に対する考え、規制派と肯定派の戦いがどういうものかなど、ある程度わかっていないと、「意味わかんねーよ」になってしまうかもしれません。
終わった後、頭疲れてました(笑)

最後、誰かが彼女を迎えにきていたように見えました。
それが誰だったのか、わかりません。

個人的には、ものすごくヒットな映画でした。
ウェットなところがいっさいなく、情に訴えるシーン皆無、スローンの過去だの愛だのなんだの、きれいさっぱりありません。
鋭利な刃物がぎらぎらしたみたいな、脳みそで戦う人々の映画ですが、個人的には、かなり好きな、心に残る映画でした。

最近のシージ

シージ、やってます。
仕事が忙しくて、以前のようにはインできなくなってはいますが、絶賛プレイ中。

最近いっしょにプレイしているのは、シージ初期からのフレンド、YSさん、Mさん、私がナンパしたJさん、Tさん、D君。
そのほか、たまにいっしょにやる人が何人かいます。
ゲームにまったくインしなくなってしまった人が数名・・・ゲーム友、インしないと、もう何をしているか、元気なのかもわからず。

ある程度、固定のメンバーでやるようになってきて、あれ?ってなったことがあります。
攻めも守りも、定番なやり方が増えてきた。
まぁ、同じメンバーでやってるから、当然といえば当然ですけれども。

攻めだと、数名、必ずターゲットポイントから遠いエリアから侵入する人がいます。
1Fだと、必ず2Fって言う人がいる。
時に、私以外全員2Fから攻めるってケースも増えました。
とくに、カヴェイラがいると、「2Fから」って固定になりがち。
カヴェイラが2Fにいるんだったら、放置して直攻めでもいいんじゃない?って言ったら、カヴェイラをまずつぶさないとやばいでしょ?って言われました。
そういうプレイで負ける場合、たいてい時間切れです。

守りの時は、YSさんが遊撃、D君がカヴェイラで出るようになりました。
なので、YSさんが真っ先にやられるケースも当然増える。

人のこと見ていて、もしかして自分も、プレイが画一化してきちゃって、癖みたいなものが固定してはいないだろうか?と、ふと考えました。
私、相変わらず、最後の生き残りになりがち。
それは、みんなといっしょにいないのがひとつ。
みんなと別のエリアから進入するので、見つかりにくいのと、取り残されるのとがあります。
なので、上手くいくときは、それで勝利できるのですが、そうじゃないと、凹られるか、何もしないで終わるかってこともよくある。
個人的には直攻めしたいのですが、そこまでの攻撃力がないのでありまして。
粛々と練習してはいますが、なかなか難しい。

最近見ていると、強いチームは直攻め、あっという間にターゲットに進入してきます。
最近わがチーム、私以外はエリアにいないということがままあり、そりゃもう、ひとりでは到底守りきれず、エリアに敵しかいない状態で、遠方に出張している味方、戻るのに間に合わず、さらにガン待ちされてやられて終わるとかいうこともあり。

つまり、勝てなくなってるんですよ(苦笑)

フレンド全員、私も含めて完全エンジョイ勢なので、それでぎすぎすするようなことはありませんが、やっぱりみんなでしょぼん・・・になっちゃう。
私はものすごく波があって、無茶苦茶調子のいいときと悪いときの差が激しく・・・申し訳ないほどです。
もっといろいろなことができるようになりたいと思っておりますが。

ちなみに、相変わらずガジェットだけはかなり精度高いです。
逆に、ビアードやバックといったガジェットじゃなくて攻撃力で勝負のオペレーター、苦手。
そういうオペレーターをもっと上手く使えるようになりたいですわー。

もうすぐモンハンの新作が発売だそうで、そっちをメインにするってフレンドさんが数名います。
いつまでみんなといっしょにできるかわかりませんが、もうちょっとがんばろうと思っているところです。

壮大なる猿歴史の刻む名作 ~猿の惑星 聖戦記



すごい映画見ちゃったよ・・・というのが、見終わった後の率直な感想です。
これはもう、壮大なる猿歴史を描いた、スペクタクル映画。
かの名作カーク・ダグラス主演の「スパルタカス」見た後と、同じ感覚になりました。

ずっと人間との共存を考えていたシーザーに対し、前作でコバが始めてしまった全面戦争、それは、思わぬところから、ほころびが出てきます。
その象徴が、CMにも出ていた美少女。
家族を殺されて憎しみに燃えるシーザーが殺した男が連れていたらしい、病気の少女です。
彼女は、まかれたウィルスによる人間の”退化”が何であるかを、実は見せていました。

シーザーが人間との共存を模索するのは、彼が人間のもとで幸せに生きていた時代があったからこそで、人間のよい部分というのを知っているからです。
しかしコバは、真逆でした。
そして今回登場するバッド・エイプ。
彼の存在は、まったく新しい。
もともとは動物園で飼われていたバッド・エイプですが、仲間をすべて殺され、ひとりで生き延びていたという過酷な状態でありながら、人間への憎悪をもっていません。
”戦わない猿”という存在が現れたことを、映画は示唆しています。
仲間を殺し、自分の命すら狙ってた存在を憎まないって、ものすごく高度で緻密な心理と知性をもたないと存在しえないものです。
対して人間は、猿を殲滅することしか、もう生きる道は残されていないと考えています。
物理的な退化の症状がなくても、すでにその時点で、人間は滅亡の道をたどっていると言えます。
なぜなら、生き延びる道を考えていないから。
ウィルスが蔓延し、ただでさえ生存が難しい状況の中で、相手を殺せば生き残れるという考えは、すでに知性ある生物の考え方ではない。

1作目、知性を持った猿たちの最初の戦いで、ゴリラがシーザーを守って命を落としました。
我々、「よもやゴリラに泣かされる日がくるとは思っていなかったよ!」で号泣だったわけですが。
今作も、ゴリラがむちゃくちゃ熱いです。
胸熱です。
少女の髪に、ピンクの花を折って挿すゴリラとか、ちょっとそこのあなた!!!考えたことあります???

少女の名前がノヴァ。
シーザーの残された息子の名前がコーネリアス。
これは、猿の惑星の最初の物語に通じています。
チャールトン・ヘストンが愛するようになる人間の女性の名前が、ノヴァ。
ヘストンたちを理解して助けようとしてくれる夫婦の夫の名前が、コーネリアス>だったはず
もっともあれ、700年後とかの地球の話だったから、当人ではないと思いますが。

猿ですが。
もちろんモーションキャプチャーで人間が演じてるんでなんですが、演技がすごいです。
猿だったことを忘れる。
心情的に、猿側に思い入れしていまいます。

なんか、ふつーにガチですごい映画でした。
主人公が猿だけど、壮大なスケールの歴史スペクタクルでした。