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アニメとGAMEとマンガな日々
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そこにある幸せと、そこにある悲しみ ~この世界の片隅に



実は、原作のこうの史代さんのマンガが微妙に苦手で、1冊読んだ後は遠のいていたのもあり、この映画は見るつもりまったくありませんでした。
ところが、萌え友が見て絶賛、Twitterでも絶賛の声がたくさんあがっていて、「これは好みとか関係なく、とりあえず見てみよう」と思いまして。
ところがびっくり、近くの映画館でも都心部でもほとんどやっていなくて、いつもは行かない映画館でチケットを取りました。
するとその映画館が、満席だった。

私の隣の席の子連れの男性が、声を殺して号泣。
明るくなるまで誰も席を立たず、劇場出口で、思わず泣き出す壮年の女性。
私は、そのままどこかでひとりになって、わーわー声をあげて泣きたい気持ちのまま、帰途につきました。

すずさんは、のんびりを通り越して、ちょっとぼーっとしたところがある女の人です。
海苔を作るおうちに生まれた彼女は、兄と妹の3人兄妹。
ほのかな気持ちを寄せる同級生はいたものの、19歳になった彼女は、嫁にと乞われて、広島から呉へと、見知らぬ相手に嫁ぎます。

すずさんは自己主張もしないし、流れに身をまかせるようにして生きています。
足の悪い義母にかわり家のことをこなし、配給をもらいにいき、畑に出る。
性格がちょっときつい義姉にどやされ、その娘とふたりで空を見上げ、義父と夫の帰りを待ち、近所の人たちと語り合う。

穏やかでおっとりとした性格のすずさんは、世界を優しく見つめていて、人の中にある黒い部分や世の中にある汚い部分も、濾過したようにして見つめています。
だから、近所の人たちの喧嘩も、迷い込んだすずさんに対する娼婦たちのささやかな意地悪も、出戻ってきた義姉のきつい言葉も、すずさんは優しくちょっと笑いながら見つめている。
すずさんの生きる世界は、穏やかで、静かで、そして小さな幸せにあふれているように、見ている我々には感じられます。

しかし、その中に、戦争というものが少しづつ侵食してきます。
これは、個人が選んだ出来事ではありません。
そして、すずさん以外のすべての人たちの人生にも、大きく影響します。

突然鳴り出す空襲警報。
山の向こうから飛来する飛行機の群れ。
すさまじい爆撃音。
防空壕からでた時には、すっかりかわってしまっている街並み。
そうやって、すずさんの穏やかな日常は、厳しい現実に削りとられていきます。

この映画、イマドキにありがちな、やたらと冗長で説明ったらしい台詞や演出はいっさいありません。
だけど、一瞬の絵や描写に、言葉の端に、大きな意味を持つシーンがたくさんあります。
りんさんが生きる世界が何なのか、妹がその後どうなるのか、あの光がなんだったのか、そこで何が起きたのか、道を歩く黒い人たちがどんな状態なのか、私たちは知ってる。
だからこそ、そこに”日常”として描かれているものに存在する悲劇を、私たちは暗に感じることができます。

絵が好きだったすずさんが、絵を描く時間を失い、最後には永遠に絵を描くことができなくなります。
そしてその時、世界は一変する。
いつも笑顔だったすずさんの顔から、笑顔が消えます。

広島に原爆が投下された時、「息子が広島にいるが、大丈夫だろうか」と話す近所の人がいます。
そしてその家の軒下に、ぼろをまとった異様な黒い人が座りこんでいるのが一瞬映ります。
「死んだらしいが、どこの人間かわからない」という台詞が誰かの口から出る。
そしてしばらく後、その近所の人がすずさんに言います。
「あれは息子だった。私は自分の息子もわからなかった」

穏やかな時間や平穏な日々の中には、輝くような幸せがたくさんあって、でもそれは、一瞬にして失われて、そして永遠に戻ることはないというのを、この映画は静かに描いていました。
けれど人は、それを乗り越え、それを胸に秘めて、その先もずっと生きていくのです。
その先にはまた、新しい輝きが、新しい笑顔が、必ずどこかにある。

残念だった ~ミュージアム


予告見て、期待していたので、公開早々に見に行きました。
感想、ひとことで言えば「残念だった」で、気持ち的には「早送りしたかった」です。
恐らく、ブラット・ピット主演の「セブン」を意識したつくり(というか、おおむねベースはまんま)なのですが、「セブン」と違うのは、「ミュージアム」の犯人は、けっこういろいろ自己主張してるところ。
殺人現場は、わりときちんと見せてくれてますが、残虐な描写はあまりありません。
映像は、雨のシーンが多いせいか、トーンは暗く、個人的にはこの部分はとてもいい感じに思えました。

面白くなる素材はたくさんあったと思います。
見てる途中で、「イケるか?」と期待させる部分もけっこうありましたが、最終的にはどれも「早送りしたい」になってしまって残念。
ここから、ネタバレとツッコミにはいりますので、これから見る予定の方は要注意です。



天気が悪い日が犯行の日という設定は面白いんですが、それがわかった瞬間、「犯行が見つかった日が雨な意味あるか?」と思ってしまった私。。。
さらに、お日様が出てる時には行われない犯罪なら、夜でもいいはずなんだけど、映画の中でその部分に関する台詞がないので、見てる側は犯行は雨の日って情報のみになるわけで。
でもさー、いくら日本でも、そうしょっちゅう雨降ってないよなー。

それから、次々起こる殺人事件が、内容のわりに早い。
あそこまで綿密に調べるにはかなりの時間が必要で、犯人はとりあえず全部準備してからまとめて犯行に及んだのかな?と。
どうやらそれまでも多数の猟奇殺人を犯していたようなことを言ってたし、写真も並べていたようだけれど、そこは放置プレイ。

いろいろ創意工夫された猟奇殺人なんだけど、冷静に考えるといろいろツッコめてしまう。。。
飢えた犬に食わせた → ドーベルマン使ってるくらいだから、それなりのところで入手しただろうに、入手経路でわかんねーの?
凍死 → いくら寒くても、水ぶっかけないとああいう死に方はしないのでは?と同時、あの倉庫、普段使ってないのか?(そういう説明はない)
縦まっぷたつ → 人間をきれいに縦割りにするには、相当の器具とか技術が必要だと思うんですが、どうやった?

気持ち悪さな部分はOKなんですが、その”どうやった?”部分も重要だと思うんですよ、猟奇殺人には。

そして、主人公とその妻子を殺すにあたり。
今までは殺人はアート!!って言ってて、いわゆる造形美術やってた犯人が、いきなり情に訴えた小説を作ろうとしていて、ものすごい違和感が・・・。
そこまでは、殺害方法と遺体でもってアート!って言ってた人が、いきなり、物語形式にお涙頂戴展開形式言い出して、「いや、お前、違うだろ?」ってなってしまいました。

「お前は生きたまま、妻子の心を殺した」って言ってたけど、いやぁ・・・・・・・仕事ばっかりで帰宅しない、いろいろ大変だったことも無関心だったとはいえ、それで”心を殺す”とか言われてもなぁ・・・・とか、そこで、ざっくりシラけたわたくし。
そこから突然情動展開にかわり、主人公の刑事が暴走を始め、「俺が助けてやる」でルール無視、他人巻き込み、泣き喚き・・・・すみません、この展開、アニメでも死ぬほど嫌いなんですが、アニメだと女の子キャラがやるのを、この映画では成人男子がやるので、本気で帰りたい・・・って思ってしまったのでした。

妻子の肉を食わせたとみせかけて、実は生きてましたー!で、「あーそーすか、だと思ってましたー(棒)」になり、主人公に妻子を殺させようとするシーンで、「もうアートじゃねーですよねー(棒)」になり、さらに男女3人と子供ひとりがひたすら叫ぶだけのシーンがとにかく本当にやたらと長く、「いい加減にしなさい(怒)」になったという・・・そして、もっとも早送りしたかったのがそのシーンでした、ちゃんちゃん♪
そしてラスト、凶器ももってない犯人に、大量の警察官がいっせいに銃を向け・・・・・「そこまでやる必要あんの?」で、完全にシラけきった。

・・・・・だがしかし!!!
そこで終わらないのがこの映画!!!

延々続くんです。
平和な日常取り戻すってやつが、ホームドラマ展開で。
そしてラスト、主人公の息子が、犯人と同じ、日光アレルギーらしいぞってシーンで終わる。
すみません、腐ったソウルの私、それ見て、「え?子供って、犯人の子供だったとかいうオチ?」って思っちゃった。

重度の日光アレルギーで、お日様にあたっただけで爛れて呼吸困難に陥ってしまう犯人、「それを引き起こしてるのは、あなたが心に抱える闇のせい」とか医者に言わせてるので、つまりそれ、主人公の息子が心に闇を抱えてしまったよってにおわせたのか?とか思いましたが・・・・

いや、ねーよ、それ。
日光アレルギーとか、ふつーにあるし、アトピーかもしれねーじゃん。

日常取り戻すってあたりで、フリーライターが妻子に「無実の人を死刑にした気持ちはどうですか?」とか言ってくるんですが、そこ普通「猟奇殺人犯に拉致監禁されていたことについて、お話お聞かせ願えますか?」でしょ?

ってことで、予告で期待していたものが、きれいさっぱり消失して終わっただけの映画になってしまいました。
もったいねー。
犯人が主人公とその妻子にターゲット絞ったあたりから、がっくんと音をたててお涙頂戴したいの懇願な、無駄にやたらと長いシーンの連続になるので、個人的には後半、苦痛でした。
最後までいたのは、どうやって決着つけるのかってのを見たかったから。

ほっぺの肉だけでは、3キロにならないと思うので、あと、どのあたりの肉削ったのかなと、今さら考えていたりします。

GEHENNA 日本公開



以前からここでも何度か書いていた友人のヒロシ君の映画が、日本で上映されることになりました。
なんと、コミコンですって!!!

劇場でも公開になるといいなぁ。

人間は複雑な生き物 ~手紙は憶えている

高級老人ホームで暮らすゼフは、妻のルースが亡くなった1週間後、同じホームでいる友人のマックスから手紙を渡されます。
ふたりは、アウシュビッツの生き残り。
手紙は、痴呆症が進行しつつあるゼフが行うべき復讐の旅を、彼が忘れないように克明に記されたものでした。

衝撃のラスト!と宣伝されていますが、私は途中で真実に気づきました。
大どんでん返しが目的の映画ではないので、同じように気づいた人はたくさんいるようです。
あえて隠してラストにすべてを集約する意図で作られた映画でもないので、そのあたりは宣伝はちょっと違うかと。

感想を書くには、どうしてもそのあたり、ネタバレせざるをえないので、ここからネタバレになります。



以下:

大阪編、ついに映像化!~GANTZ O



GANTZ、大好きでした!
途中まで!!!(笑)

ってことで、その中でいちばん好きな大阪編がCGにより映画化ということで、超楽しみにしていました。
あれはもう、CGじゃないと無理だと思っていたけれど、本当に作ってくれるとは思っていなかったー。

ひじょーによく出来ていました。
GANTZの世界がしっかりと映像化しているし、戦闘シーンも素晴らしい。
メカ関係は、とにかくかっこいいです。

残念ながら、敵も味方も、キャラは間引きされていました。
筋肉ライダーと子供、チェリーと先輩、ホスト侍、エロ桑原、花木君とめがね君に、鬼面と能面、犬様もいない。
これはもう、仕方ないです。
筋肉ライダーの格闘や、ホスト侍と鬼面たちの刀での戦いとか見たかったけど、それいれたら、尺に収まらない。

女性キャラが巨乳揺らすだけでほとんど戦ってない、役にたってないのは原作もそうなので文句言えないんだけど、映画としてみるとウザさが増してました。
映画では、少しは戦ってもよかったんじゃないかなーとか思うんですが、これも仕方ない。

あと気になったのは、戦闘中の間。
いや、そこでそんなに間あける?ぼんやりする?とかいう部分があって、個人的には戦闘シーンで思いっきり削がれました。
目の前に敵がいて、襲われている人を助けようとしてたりとか、あるいは味方に加勢しようとしてたり、もしくは超やばい!ってところで、ほんわー・・・・って見てるだけのシーンがけっこうあって、「いや、それ、ないし」と思った次第。
あと、どの人も射撃(というか光線?)が当たらなさ過ぎて、せめてそれまで戦闘に出ていたレイカや鈴木さん、もうちょっと当ててください。
東京チーム、加藤以外は、西君しか戦える人間がいないじゃないか!!

声のキャストですが、きちんと声優を起用してくれているのが、とにかくこの時代、賞賛に値します。
大阪チームにお笑い芸人さんが数人起用されていますが、違和感なしで上手い。
中でも、ケンドーコバヤシ氏、さすが!!
岡八郎の声なんですけども、短いシーンにインパクトありすぎでした。

個人的にいちばんの見せ場は、夜の大阪に立つ、岡八郎の巨大メカでした。
いやー、もうねー、ここねー、無茶苦茶かっこよかった。

大量に出現する妖怪も、いい感じでしたが、惜しいのは、彼らの出す声や音、もうちょっとあってもよかったかなと。
得たいの知れない音とか叫びとか鳴き声とかね。
それがほとんどないので、異様な雰囲気がほとんどない感じ。

殺戮のシーンも、映像化するにはかなり厳しい部分があったと思いますが、けっこう見せてくれてます。

GANTZファンなら、とりあえず楽しめる1作です。
ずっと夜の大阪、ネオンサインが大変よろしい。
実際に黒玉がカウントする時間が、恐らくほとんど映画でカウントされてる時間と一致していると思います。
つまり、あの映画を見ている我々は、大阪で戦うメンバーたちと同じ時間をすごしていることになる。

よくぞ作ってくださいました。
製作のみなさま、ありがとう!!


邦題大間違い ~ハドソン川の奇跡



もうね、なんでもかんでも感動もの、お涙頂戴系にしたがる日本の体質、いい加減にやめてもらいたいもんですよ。
「ハドソン川の奇跡」、原題は「サリー」です。
はっきりいって、奇跡を描いた感動大作ではありません。

私もニュースで見たので記憶に残っていますが、異常事態で飛行不能となった飛行機がハドソン川に不時着した事件を映画にしたものです。
機長の顔も覚えていますが、トム・ハンクスがよく似せてます。

乗客155人全員無事だったこと、わずか24分で全員が救助されたこと含め、世界的に注目を浴びたこの事件、機長のサリーと副操縦士は、判断ミスを問われて公聴会に出ていたという事実が、この映画のメイン。

両エンジンが完全停止していなかったのではないか、危険を冒して川に着水しなくても、ラガーディア空港に十分戻れただろうという意見が出るのとは正反対に、世間はサリーを英雄として称えます。
ところが、サリーはそのどちらにも、違和感をもっているし、良しとしません。

エンジンは止まっていた。
ラガーディアに引き換えすのは無理だ。
その判断はどこから出たものですか?という問いに、サリーは「長年の経験からの判断」と言います。

英雄と称える人々を前に、サリーの脳裏には、墜落の恐怖と乗客への責任がフラッシュバックする。

この映画、地味です。
大変地味。
墜落か?っていうシーンですら、淡々としていて、まるでドキュメンタリー見てるようです。
すごい感動シーンもないし、エモーショナルな演出もない。

けれど、淡々と描かれる映画の中で、何気ないシーンがものすごく重く、そして印象的です。
墜落か!となった瞬間、「愛してる」と言い合う母と娘。
別の席に座る息子を心配する父親。
異常事態を知っても笑顔のまま、冷静にずっと「頭をさげて、伏せて」と号令かけ続けるCAたち。

赤ちゃんを抱いた若いお母さんがちらっと出てきます。
冒頭、その赤ちゃんが投げたものを、窓際のビジネスマンが拾ってあげるシーンがある。
墜落か?という時、不安と恐怖で蒼白になっているお母さんに、そのビジネスマンが「私が抱いていましょう、私が抱いたほうがいい」と言います。

御巣鷹山に墜落した123便で見つかった遺体の中に、子供をかかえるようにして抱いた真っ黒に焦げた遺体が見つかっています。
当初、焦げた死体はひとりと思われていましたが、検死でふたりと判明、その後、ふたりは親子ではないとわかりました。
子供の遺体は、抱いた大人の身体にめりこんでいたと、報告に残っています。
その人たちが誰だったか、記載はありませんでした。

墜落となった時、見知らぬ他人の子供抱きしめ、守ろうとした人がいた。

「ハドソン川の奇跡」でも、それが描かれていました。

公聴会で、議長がすごいことを言っています。

「ボイスレコーダーを、機長と副機長と共に聞くというのは、初めてのことです」

そう。
ボイスレコーダーを聞く時、機長と副機長はすでに故人なのです。
ボイスレコーダーを聞くことになった過去の事故すべてで、ふたりとも死んでいるのです。

そして最後に、機長と副機長が言い合う言葉。

「仕事をした」

短いこの言葉に、どれほどの重みがあるか、あらためて考えていたりします。

違和感な恐怖 ~ヴィジット



「シックスセンス」のナイト・シャマラン監督の映画です。
「シックスセンス」以後、イマイチ感ありすぎてたらしいシャマラン監督、「この作品はシャマランらしい」ということでありました。

物語はいたってシンプル。
19歳の時に両親と大喧嘩して駆け落ちしちゃった母親、その時の相手と離婚して、2人の子供を抱えるシングルマザーになってます。
家を出てから一度も会っていない両親から連絡があり、「孫に会いたい」と。。。ってことで、姉と弟が、まだ会ったことのないおじーちゃんとおばーちゃんのおうちで1週間すごすことになりました。
ふたりは、自主映画作っていて、カメラをまわしまくります。
そのカメラが、この映画のキィ。

ここから、大いなるネタばれします。





老齢による徘徊やら奇矯行動やらがあって、姉弟が違和感を感じていた祖父母、実はまったくの別人だったというのが、この映画のオチ。
そう言っちゃうと、「なんだー、そんなことかー」なんだけど、そこはシャマラン、そこで「あー!!」ってなる仕掛けがあります。

母親は、19歳以後、親に会ってません。
駆け落ちしたから、両親の写真もない。
今、どんなふうになってるかの詳細も知らない。
よって、自分の子供たちに「これがあなたのおじーちゃんとおばーちゃんよ」って、視覚で見せるものが存在してないのです。

もうひとつ。
おじーちゃんとおばーちゃんが住むのは、郊外も郊外で、周辺近隣に家はない。
たまに訪ねてくる人はいますが、昼間、ふたりでどっかにいっちゃってるから、その人たちが当人に会えない。
つまり、正体がバレない。
田舎って設定が、見事に活きてる。

姉と弟は、「おかしい」って感じます。
感じるんだけど、祖父母ともに、「ボケてきてる」とか「年のせいでおきている問題」って説明する。
これが一応、筋が通ってる。
通ってるんだけど、明らかにおかしいから、気持ち悪さは残ります。

ホラーといっても、幽霊が出てくるとかモンスターが出てくるとかではない、つまるところ、日常の中に起こる違和感に摺掠音感じるみたいな嫌な気持ちを喚起させてくる種類の映画でした。
シャラマンらしいっちゃらしいけど、これに恐怖を感じるかっていうと、そういう意味では怖い映画ではないと思います。
気持ち悪い。。。かな?

「クリムゾンピーク」も、デルトロなので見てみました。
背景とか設備とか、いろいろ面白いところたくさんあったのですが、全然怖くなかった。。。
っていうか、面白いと感じなかったんでありました。
しょぼん。。。

ハーレクインにめろめろ ~ スーサイドスクワッド



まー、どんだけ楽しみにしていたかって、もう本当に待ち遠しかった。
そのすべてが、ハーレクイン!!
ハーレクインのかわいさに、メロメロ!!!

そしたらアメリカでは酷評されたそうで、あちらで映画の仕事してる友人が、「かわいくてさいこーにビッチで大人気なハーレクインの夢が、ジョーカーと子供囲んでラブラブ夫婦ってのが、フェミな女性陣に壮絶に叩かれてる」という話を聞きまして。
「もともと彼女は、ジョーカーに洗脳された精神分析医で、人格破壊された挙句にああなってて、もとからそういうキャラなんだけどな」ということだそうですが、彼女いはく「つまるところ、彼女があまりにもイケてたのが、予想外に話題を呼んだ」らしい。

見る前に、日本の方の感想もいろいろ見ましたが、あまりいいこと書いていなかったので、「もういいや、ハーレクイン見るために行く」って思ってました。

ところが。

サイコーに面白かった!!

すっげー面白いよ、これ!
そしてあらためて、いろいろ取りざたされているだめな点とか見てみると、なぜ私が面白いと感じたか、わかりました。

私、アメコミ系の映画、好きじゃない。
マーベル、基本、まったく興味ない。
唯一好きなのは、バットマンのダークナイトシリーズだけど、そちらのファンには「あれはマーベルじゃない」と言われてるそうで。
なので、みんなが大好き「アベンジャーズ」、むしろ好きじゃない。

つまり、マーベルな映画が好きな人には、この映画はだめだけど、基礎知識もさほどなく、そっち系の映画が苦手な人には過不足なく面白い映画なんじゃないかと。

それぞれのキャラの説明が足りないと言われてる部分も、あそこで知ってるのはジョーカーだけって私には十分だったし、エピソードが散逸しすぎてると言われてる部分も、それぞれのキャラにまったく思い入れない私には、そういう印象はありませんでした。
だってさー、あそこではジョーカーもバットマンも、みんな脇役じゃんかー。
ひとつだけ、あのチームを作った黒人の女性の扱いがかなり雑で、もったいなかたのと、彼女が拉致されても何もされなかったのはなんで?って疑問が残ったくらいで、あとは素直に楽しめた。

そして我らがハーレイは、もーね!!かわいくて、かわいくて、かわいくて、かわいくて(略
彼女のためだけに、あと2回見てもいい。
容赦なくビッチなのもよい。

彼女がウィンドウ割って盗むシーン、かがむんですけど、オリジナルでは思いっきりやばい部分がぎりで見えてるらしいです。
なので、国によって、あのシーンだけCGで加工されてるって話。
よっしゃー!日本ではどうか、見ておくよ!って、それを教えてくれた映画の仕事してる友人(彼女が見たのはハリウッド版)に言ってたら、ハーレイの顔にみとれてて、まったくそこの部分、見てませんでした。。。

ウィル・スミスが出てたなんて、まったく脳内なかったのですが、あの人だけちょっと出すぎ感はある。
ただ、いいところはハーレイがもっていってるので、個人的には問題ございません。

ってことで、私はこの映画、好きです!!
ブーメランのおっさんが、「女はちょっとイカれてるほうがいいぜ」とか、超名言残してくれたし、とっても楽しい映画でした。



シン・ゴジラ 二度目鑑賞

あちらこちらで感想見て、解説してくれてる人のとかも見て、知識補填かかったので、二度目のシン・ゴジラ、見に行ってきました。
大きなスクリーンでやってるうちに、もう一度見たかった。

知識補填が大きくかかったのは、東京駅周辺のビルと再開発状況、自衛隊組織、内閣府の会議のやり方について、大田区内ゴジラ移動距離と場所について、そして各俳優陣の細かい演技の解説、です。
ネットでいろいろあげてくださってる方々に感謝。
おかげで、シン・ゴジラ鑑賞が、さらに深まり、面白くなりました。

二度目は、何が起こるかわかっているので、驚きや衝撃はありませんが、その分、じっくり見ることができました。
さらに、その人の立場や状況を冷静に見られるので、台詞のひとつひとつに重みが増し、「ああ、この状況でこの台詞だったのか・・・」みたいな部分が増大した。

結果、中盤から号泣状態に。

台詞や俳優陣演技のこまかい部分は、こちらの記事がお勧めです → ここ

大河内総理が攻撃をとりやめた時、あるいは攻撃を指示した時の決断の重さや、総理自身がどれだけの想いでそれを行ったかとか、防災大臣の「自分は部下の報告を信じるだけです」というシーンとか、里美総理代理が頭を下げ続けたシーンとか。
この映画にはヒーローはいなくて、画面に出ていない人たちの努力や尽力があり、人々が全力で立ち向かい、協力しあった姿が描かれているわけで、これは怪獣映画じゃなくて、プロジェクトXなんだよなーって思いました。

中島みゆきの「地上の星」でこの映像まとめられたら、声あげて泣くレベル。

無能な内閣という意見もあちこちで見かけましたが、私はこの映画に描かれている内閣や自衛隊、その他の組織や人々、とんでもなく有能と思いました。
みんな、自分のおかれた立場において発言していますが、他人の意見や考えを、頭ごなしに否定したり、立場の上下で無視したり馬鹿にしたりしていません。
ものすごーく安易なことをいってるように見える大臣もいますが、ああいう時、ああいう意見もでないと、多角的な視野はもてません。
さらに、部下にあたる人たちが上司を支え、上司は部下を信じている姿が、これでもか!ってほどに描かれています。
縦割りの組織の矛盾や馬鹿さ加減が前半、描かれていますが、実はそれがあるからこそ、秩序が保たれ、現場の人たちが責任をむやみにかぶることなく、余計な心配をすることなく、職務にむかえるのも見ていてわかる。
そして、映画の中でも台詞ではっきりと言われていますが、誰かがいなくなっても、次の誰かか必ずその仕事を、意志を引き継いでいくことができる。
自分がいなくなっても託す人間がいるというのが、国としてどれほどに大きな強みかって、この映画は何度も何度も出てきます。

あっちこっちで指摘されていましたが、最近の邦画ではなくてはならないシーンであり、ハリウッドではあって当たり前のシーンでもある、家族愛とか恋人との愛とか、そういう情に訴えるエピソード、この映画にはいっさいがっさりありません。
そこを批判している人も当然いますが、はっきりいって、この映画、そんなものは必要ない。
一瞬だけ、スマホにはいった家族の写真が出てくる人がいますが、そんなのいちいち見せていただかなくても、みな、守りたい人、守るべき人がいるに決まってるわけで、そこを想定、想像できないんだったら、この映画、そりゃ見ても面白くもなんともないよねって思いました。
顔も出てこない、最後のミッションに参加した人たちが、どういう想いで命賭けたかとか、「見せてもらってないからわからなーい」っていうなら、ゴジラに踏まれてしまえ。

この映画、わざわざ見せていないけれど、人は一瞬にして死ぬってのを、何度も何度も表現してきてます。
主人公が手をあわせたあの瓦礫の下に、どれだけの人の命が失われたか。

そして、恐らく見た人の多くが、「おおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」ってなるのが、

無人在来線爆弾 !!

大事なことだから、もう一回言う。

無人在来線爆弾 !!!

あと5回くらい、劇場で見たいです、マジで。

それから、ゴジラによって、私の実家、自宅、通勤につかってる電車全部やられてて、「ひー、会社だけ残ったー」って思ってたんですが、会社もなくなってました。
ゴジラのゲロ火災(見てない人には、意味がわからないと思う)の真っ只中で、時間的に私、あのゲロ火災の中で死んでると思われ・・・・・
ゴジラに出てきた場所、鎌倉、釜利谷、蒲田、品川、品川神社、武蔵小杉、多摩川、大崎、虎ノ門、赤坂、東京駅と、思いっきり生活圏、通勤圏、知ってる場所でありました。
ゴジラの奴、あのゲロ火災で、東京オフィス街、焼き尽くしたしな・・・。

シン・ゴジラは、怪獣映画じゃないです。
そう思っていくと、「あり?」ってなっちゃうと思う。
あれは、プロジェクトX。
見終わった後、脳内で中島みゆきに「地上の星」を歌わせると、感動ひとしおです。

ちなみに、「物語がない!」と批判されている方々がけっこういらっしゃいましたが、ハリウッドで映画の仕事している友人にそれを話したところ、下記のような名言が返ってまいりました。

「ハリウッド映画で過去、地球侵略を描いた映画に、物語なんてあったことはない」

必見 ~ シン・ゴジラ



次のレディスデイに見に行こうと思っていたのですが、上映開始直後から周辺で絶賛の声があがりだして、いてもたってもいられなくなって、見にいってしまいました。

んで、感想。

「人類よ これがゴジラだ」  

・・・としかいえない。

まぎれもなくゴジラな映画ですが、怪獣映画と思って見に行ったら、大間違いぶっこきます。
隣に座っていたイケメンな大学生ふたり、騒音に近い音たてまくってポップコーン食べやがり、挙句に「何これ、つまんねー。ゴジラ全然活躍しねーじゃん」と言ってましたが、そういうふうに見る人も少なからずいると思います。
まぁ、そういう人は、ポップコーンのカップ頭にかぶって、さっさとおうちに帰りなさい。

この映画は、未曾有の危機に瀕した日本(というか東京中心の関東地域)において、政府や自衛隊を中心とする日本国民がどうそれに対応していくかって、そういう映画です。
映画のほとんとが、緊急対策室と政府高官が集まる会議室。
会議、会議、会議の連続です。
延々会議してます。

さらに、登場人物がハンパなく多い。
有名俳優はもちろん、あっちこっちで顔を見かける俳優陣が、数秒のシーンにもがんがん登場してきます。
台詞なんてないケースもある。

そういうのが何を意味するかといえば、未曾有の有事が起きた時、政府や各所要人、関係各位がどう動き、どう対応するのかが細かく描写され、関わる人たちがどれほどに多いかということを克明に描写する形になります。

さらにこの映画、あえて描写していない部分も、役者の一瞬の表情や何気ない1シーンで克明に見せてきて、見ている我々にすさまじい衝撃を与えます。

ゴジラを倒す千載一遇のチャンスを失した際、「国民に銃は向けられない」と判断されたその理由。
ただ、ゴジラが進行しただけで与えられた被害の大きさ、そして犠牲者の多さ。
救助にあたる人々、対処する人々が、命をかけているその現場。
ゴジラを倒すために命を賭けてくれた人々が、一瞬にして消え去ったであろうそのシーン。
避難後、別にもうけられた対策室に集まった顔の中に、あの顔もあの顔もない!と気づいた時のショック。
ゴジラの進行を止めるために出動した自衛隊員たちが、一瞬にしてなぎ倒されるシーン。

お涙頂戴な感動的なシーンなんて、欠片もありません。
家族と再会とか、恋人と別れを惜しむとか、そんなのもなし。
そういう余計で余分なものはいっさいがっさいはぶいています。
そういうシーンみたい人は、どっかいってくれ。
映画の中には、【どんな人も】家族や友人を失っているということは、描かれています。
ただ、わかりやすく、お涙頂戴に見せてこないだけ。
それがわからないなら、ゴジラに踏まれてください。

Twitterで、「超頭のよい人たちが超考えて超努力して最善を尽くしたら、神頼みなんてしない。観念的なものは存在しない」と書いている人がいましたが、この映画、まさにそれ。

そしてこの映画、ゴジラが現れなかったら、無能な人、変人で終わった人たちがたくさん出てきます。
見た目にはわかりにくい彼らの能力、彼らの技術、彼らの成果が、未曾有の有事を救うことになり、ひいては日本という国を救います。

この映画、ハリウッド的な見せ場はないし、スーパーヒーローもかっこいい主人公も存在しません。
ある意味、とても地味なつくりだし、一般の人に訴求するようなかっこいいシーンもない。
けれど、私たちはこの映画で、阪神大震災や311を経た日本が描く ゴジラ を目のあたりにします。
初代ゴジラが登場した時、それを観た人たちは、自分たちの住む東京が破壊されている様子に恐怖したと思います。
シン・ゴジラで、私たちはそれをまんま、体感することになります。
少なくとも私はそうでした。
ゴジラによって、実家も家も、通勤圏全域、破壊されました。
戦車が並んだ多摩川の河原、通勤途中でいつも通ってるところです。
(観た次の日、ここからあそこまで砲弾飛んだのか・・・ってなったし、レーザーで破壊された高層マンションには会社の同僚が住んでいたりしてる)

エヴァのヤシマ作戦の時のBGMがかかったりしますが、実際、エヴァで庵野さんが描こうとしていたものが、ゴジラにもあるような気がします。
庵野さん、すごいよ、よくこの映画作ってくれたよ。
終わった瞬間、この映画の製作に関わったすべての人に最敬礼したい気持ちになりました。
広告代理店やスポンサーのクソな要求や横槍とか、まったくなかったとはいえないと思うし、いろいろ大変だったと思います。

個人的には、泉政調副会長と、臨時内閣総理になった里美という人に感嘆しました。
普通の人が見たら、恐らく「空気読まない嫌な奴」でしかない泉氏の、あのすさまじい冷静さと対応力。
主人公の矢口に放った一言が、あまりにかっこよく、そして痛烈でした。
里美氏、その能力をまったく評価されていなかったけれど、最後にわかるその緻密な計算と判断力に、思わず愕然とした。

そして、統合幕僚長の「仕事ですから」の一言に号泣した私ですよ。

「アイアムアヒーロー」で、日本でもここまでのゾンビ映画作れるんだ。。。となって、ありがとう!ありがとう!ありがとう!な気持ちになりましたが、「シン・ゴジラ」見て、邦画もできる、できるんだ!!と本当に泣いたことを、ここに記したいです。

とりあえず、見に行け。
いってくれ。



ひとりの女性の成長物語 ~ブルックリン



絶対あなたの好きな映画よ!と複数の友人から言われて、見に行ってきました。

アイルランドの田舎で、意地悪な店主が仕切る雑貨店で働くエイリシュは、姉の薦めでアメリカに行くことになります。
神父の紹介で、高級デパートに職を得、女性専用の下宿に居をかまえて新しい生活に踏み出すエイリシュですが、慣れない都会の生活と人との関わりに、ホームシックに陥ります。
神父の薦めで簿記の学校に通うようになったエイリシュは、イタリア系移民のトニーと出会い、そしてつきあうようになります。
そんな中、故郷から、最愛の姉の突然の死の知らせが届きます。

友人たちが「ずっと見ていたいと思った」「抱きしめたい気持ちだった」と言っていたのが、よくわかりました。
最初は内気で自信がなかったエイリシュが、少しづつ自信を持つようになり、自分の才能を開花させ、そして自分で自分の生き方、生きる道を見出していく過程、それは私たちが歩いてきた道でもあり、そして歩く道でもあります。

派手な見せ場も展開もなく、カメラワークも地味です。
けれど、俳優陣はみな、その視線や微妙な表情で、その人のすべてを見せてきます。
イマドキよくある、わかりやすいやたら冗長な説明な台詞とかは、いっさいありません。
台詞が絶妙で、何気ない場面にも重要な意味合いが含まれています。
衣装からエイリシュの目まで、すべてに何かが表現されている。

エイリシュと関わる人たち、お姉さん、神父さん、下宿先の人々とのさりげない何気ない関わりにも、その人の思いやりや優しさがあって心が温まりますが、特筆すべきは、エイリシュが渡米する時に乗った船で同室になった女性と、職場の上司の女性。
素晴らしく美しい彼女たちが、あきらかに世慣れていない、ダサい女の子のエイリシュに見せる、細やかでとても大人な配慮があまりにもすてき。
そしてさらにすごいのは、あえて何も語らない彼女たちにも、それぞれの人生、それぞれの想いがあるということを、この映画はきちんと見せてきます。
亡くなったお姉さんが、閉鎖的な田舎町で埋もれていた妹に、どんな想いを託してアメリカに送り出したか、それがわかった瞬間、だーっと涙が出た。

姉の死で、故郷へいったん戻るエイリシュは、人生の大きな選択をすることになります。
自信をつけて垢抜けて、美しくなったエイリシュに、人々は注目します。
かつては彼女なんか、目の端にもかけなかった人たちが集まってくる。
姉を失った母は、彼女をアメリカに戻さないように、じわじわと固めてきて、姉がいた会社では、簿記の資格をとったエイリシュの優秀さに「うちで働いてほしい」と言います。
そしてついには、かつてはあこがれていた男性グループにいたひとりが、彼女に愛を告白する。

何人かの人が、実家を離れて東京でひとりで生活を始めた人や、留学などで外国にいった人には、ものすごく胸にせまる映画だと言っていました。

自分の生き方を選ぶ。
自分の生きる場所を選ぶ。
そのために、力をつける。
大事にしなければならないものを、見失わない。

この映画は、それを真摯に真面目に、心をこめて描いた映画でした。

俺ちゃん炸裂! ~デッドプール

大ヒットなんてするような映画じゃないからって、主役自らが無報酬で宣伝がんばったりとかして、愛の布教活動されていた「デッドプール」がついに公開となりました。
公開日も、毎月1日の映画の日にあわせてきたし、いろいろ工夫してるなぁと感心。
都内の大きな映画館で見ましたが、満席でしたよ。

ハリウッドで映画やドラマの仕事をしている友人が、「万人受けするような映画じゃないし、楽しめるといいんだけれど」と懸念のメールを私に送ってきていましたが、いやもう、十分楽しみました。
「Xメン」や「アベンジャーズ」と比べると、お下劣、お下品、バイオレンスだけど、私はこういうテイストのほうが好きです。
っていうか、アメコミ系があまり好きじゃない私が、苦手部分にまったくヒットせずに楽しく見れたのは、個人的にたいへんありがたかったでした。

何をいってもネタばれになっちゃいそうなので、何もいえないのが苦しい(笑)
ネタの元を知っていれば知っているほど、この映画の面白さは倍増していくと思います。
私は、シンニード・オコナーをネタに使った時、声あげて笑ってしまいました。
アベンジャーズやXメンに詳しい人だったら、そっちのネタもやまほどあるので、もっと笑えるんじゃないかと。

初日でしたが、コップのデップーはすでになく、残念無念。

日本でもヒットするといいなと思います。

友人が教えてくれた、元ネタ説明動画です。

ダイバーシティの難しさ ~ズートピア



見てきました。
すごい映画だよ!という評判や意見を周辺で聞いていましたが、すごい映画でした。
ディズニー、とうとう、ひとつ上の次元にいった感じがするよ。

「努力すれば願いはかなう」と信じて、ついに念願の警察官になった穴うさぎのジュディ。
でも、警察官は大型草食動物や肉食系動物がなる職業で、うさぎのような小型草食系動物はいません。
でも、ズートピアは、そういう差別や区別なく、どんな動物も共存していく世界!
けれどそこに、肉食獣ばかりが行方不明になる事件が相次いでいました。

今、外資系を中心とした企業のほとんどで、ダイバーシティという単語が多く使われるようになりました。
意味は、「多様性」。
国籍や言語、宗教や人種の違いを超えて、その多様性を認め、活かしていくことが、企業を大きくし、働きやすい職場を作っていくって考えです。
「ズートピア」は、まさにそれを描いた映画で、しかも、その難しさを徹底的に描写した映画でもありました。

主人公のジュディが警察官を目指している間も、両親はもとより故郷の人々はみな、「うさぎには無理」「にんじんを作るのがお前の幸せ」と言います。
それを我々に置き換えてみると、例えば女性に、「嫁にいくのが女の幸せ」「アメリカにいって勉強するとか、何の意味があるっていうの?」みたいなことにつながる。
ズートピア始まって以来の小型草食動物警察官(しかも女)であることで、ジュディは閑職に追いやられますが、これも世間ではよくあること。
女であること以外に、例えば、XX人だからとか、移民だからとか、そんな理由は世界中であります。

チーターのベンジャミンが、気のいい警察官で、ドーナツが大好きのぽっこりお腹なのも、「チーターらしくない」と言ってしまえばそれまで。
これも世間でよくあること。
ジュディにも、「うさぎらしくしていればいい」ってのが突きつけられます。
彼女はその差別や区別に、敢然と立ち向かいます。

そして、それとは別に、ジュディ自身も、自分の中にある狭い価値観に気づかされていく。
明らかな区別に、「私は警察学校で優秀な成績をおさめているんですよ!」と上司に言い放つ、しょーもなさ。
スピーチで軽率な発言をして、思わぬ差別を自らが作ってしまう失態を犯す。
そして、自分の中にある本能的な恐怖や区別、そして開かれていたと思っていた自分の考え方が、実はとっても狭量で、自己満足なものでしかなかったことにも気づいていく。
結果、ジュディは親しかった同僚のベンジャミンや、キツネのニックを傷つけ、ズートピアの肉食動物を差別される側に追いやります。

この映画は、動物というキャラクターを使って、世界で今、大きくフォーカスされているダイバーシティってのを、視覚で見事に見せてきました。
白熊を従える裏組織の大物は、とがりねずみ。
ねずみやハムスターの小さい生き物のためには、特別仕様の扉やエリアがある。
キリンにジュースを売るために、専用のマシンがある。
水に生きる動物と、砂漠に生きる動物はが生きるのにも、町に工夫がある。
そして、肉食動物と草食動物も、今は進化して共存している。
まさにそれは、多様性の見本。

この映画のテーマを体現しているキャラは、実は脇役です。
キツネのギデオン・グレイ。
子供の頃、いじめっこだったギデオンは、ジュディの顔に傷をつくったり、暴力ざんまいな嫌な子供でした。
大人になって、ジュディが再会したギデオンの言葉が、ダイバーシティが必要とされるこれからの世界のための、重要かつ大きな鍵です。
知性と教養を身につけ、世界を広げ、社会性をきちんと身につけ、自身を成長させることで、区別や差別をなくしていくことはできる。
ギデオンの再登場のシーンはわりとさりげないんですが、外資系企業でダイバーシティ真っ只中で仕事してる身には、ものすごく深い台詞で、うっかり泣きました。

ディズニー、ナメてました。
すまん。
いろいろ、すまん。。。な気持ち。

ところでこの映画、そういう難しいこと抜きにしても、ジュディとニックの関係がとってもラブリーで、とくにニックの愛らしさが天空つきぬけてるので、萌え的にも必見かと。
ここしばらく二次萌えなかった私の心に、盛大に火がつきました(笑)

あと、わりと皮肉ってるシーンもあって、アメリカの自動車免許のオフィスとか、いつも大行列で超評判悪いらしいんですが、ずーtピアでは職員が全員ナマケモノで、見た瞬間爆笑しました。
じゃあ、遅くても仕方ないよねー(大笑)

字幕版上映がほとんどなくて、吹替で見ましたが、みなさんとても上手くて違和感なく見れました。
当然ながら、子供のほうが圧倒的に多かったんですが、みんな、恐らくそんな小難しいことはまったく関係なく、楽しく見ていたと藻います。
ただ、本当だったら捕食する側とされる側のニックとジュディが仲良しになれるんだよって、そういう世界を心に残してくれるだけでも、彼ら彼女らの将来に、何かつながるものはあるかもしれないなぁって思ったり。

DVD出たら、英語でも見てみようと思ってます。

正統派和製ゾンビ映画 ~アイアムアヒーロー

原作未読。
あらすじは知ってました。

基本、邦画にはまったく期待していませんし、基本くそ映画と思ってて、たまさかよかったら奇跡!って気持ちで見るのですが、「アイアムアヒーロー」はその奇跡の方の邦画でした。

マンガ家のアシスタントしながら、鬱屈した日々を送っていた英雄、周辺ではインフルエンザがはやってるっぽいのが、さりげなく描かれています。
喧嘩した恋人からメールがきて、彼女のところに行くと、中にいるはずの彼女からは何も返事がない、扉もあけてくれない。
郵便受けから英雄が部屋の中をのぞくと、彼女がゆっくりと起き上がり、ばたりとベッドから落ちます。

ここからいっきに、怒涛のバンデミック描写にはいっていくんですが、素晴らしい!の一言に尽きます。
拍手です。

いきなり破られる平凡な日常、襲ってくる人々、何が起きたかわからないまま、逃げ惑う人々。
それがZQN(ゾキュン)と呼ばれるウィルスらしいとネットで拡散されてはいるものの、それがいったい何なのか、どう感染していくのか、どうなるのか、まったくわからない。
噛まれた人は、血管が黒く浮き出し、目が曇り、人々を襲いだす。
中には、異形に成り果てる人もいる。

このあたりの描写全部、邦画としては、かつてないほどにしっかりとやってくれていて、Twitterとかで見ると、ゾンビホラーと知らずに見た人々(なぜか大勢いた)が、超ビビるほどの出来とわかります。
ちなみに、ホラー映画やゾンビ映画が好きな人なら、「よくぞやってくれた!」の拍手喝采の出来です。

世界が一瞬にして崩壊するする様子を描いた前半から、今度は、逃げ延びた人々のシェルターでのいびつな生活が描かれます。
この部分も素晴らしい。
歪んだヒエラルキーと支配、生き延びた人たちにも、いろいろなタイプの人間がいるということをしっかり描いている。

つまり、前半は「28時間後」のようなバンデミックと混乱、そこから逃げ延びるロードムービーになっていて、後半はロメロに代表されるゾンビ映画の、立てこもり、生き延びようとする人々がどう崩壊していくかって映画になってます。

絵的にも、1枚の絵づらですべてを見せてしまうような手法がとられていて、そこで何が起きたのか、見ている我々に読み取らせる。
この手法は他にもいろいろ取られていて、英雄から散弾銃を奪った男が、反動で自分がふっとんだり、まったく当たらないのに対し、英雄が見事に感染者をしとめていくことで、許可証をもって趣味としてそれを日常使っていた英雄の特性が活かされますし、途中、むやみに発砲した人々に、「管理がまったくなってない」と英雄がつぶやくことで、彼がきちんと残弾数を考えながら使用していることがわかるし、日常使用していた人にしかわからない部分が浮き上がる。
また、銃をもっていてもなかなか使わない英雄、なんで?って聞かれて、「公共の場所では、銃刀法違反になっちゃうから」といい続けますが、それを使うしかない状態なんだと理解するまでのプロセスがきちんと描かれている。
アメリカと違って、日本は銃の使用は禁止されているわけで、アメリカのゾンビ映画みたいに、人々が普通に銃を携帯しているわけはなく、さらにそれを使用する習慣は基本、みんなもっていません。
そして、英雄がそれで人(正式には人であったもの)を撃つまでの流れも、すごくちゃんと描かれている。
こういう部分、過去のゾンビ映画で描いたものは、私が知る限り、ありません。

ゾンビの造形も素晴らしいです。
過去にあったゾンビの造形とはまったく違っていて、感染した時点で、モンスター化する人たちがいて、それがとっても素晴らしい>人によっては、とっても気持ち悪いと思うwww
さらに、過去の記憶や固執した部分に捕らわれているという設定なので、それぞれ特性があります。
感染してどんどん変貌していく状況も克明に描いているし、ラスボス級の陸上選手にいたっては、見た瞬間「ひゃっふー!」ってなりました。

ラスト、すさまじい血まみれの展開ですが、手抜かりなしで描写しているにも関わらず、えげつなさ、なし。
見ていて、「英雄、すげーエイムだな!!」と思いました。
もう、見事にヘッドショット決めまくってる。
この血まみれシーンも見事です。
ドラマもあり、よくぞやってくれた!と、ホラー映画ファンとしてはスタンディングオベーション!!

Twitterで感想見たら、「グロすぎ」「見ないほうがいい」「見て後悔した」とか大量に並んでいましたが、彼ら全員、この映画がゾンビホラー映画だとはまったく知らず(予告見りゃあわかるだろうに)、「ちはやふる」「コナン」「テラフォーマーズ」とこれで、どれ見る~?とかやってる層で、「アイアムアヒーロー見た」って書いただけで、あとは自撮った写真添付してる人たちなので、彼らがどう感じたかななんてガン無視していいと思ってます(断

むしろ、そういう意見の多さに、この映画の出来が不評で終わってしまったら、それこそ罪!
ホラー映画好きは絶対見るべきだし、日本でこの映画作ったってのは、すごいことだと思います。
続編は作らなくていいが、この映画が描いたレベルのホラーやバイオレンス映画を、今後も作ってほしい。

ちなみに、ホラーとスプラッタが大好物な私が言ってもまったく説得力ないですが、残酷描写はないので、精神的負担はさほどにはないかと。

最後にこれだけは言いたい。
R15ばんざい!!!


圧倒! ~レヴェナント

 

見てきました。

終わった瞬間思ったこと。
「ディカプリオ、あなた、マジ、これでアカデミー賞とるべき映画だったわ」・・・でした。

感想は、、、、、、、、、、、、、、ありませんっっっ!!!

3時間、あっという間。
圧倒されまま、終わった。
あらすじとか、とくになし。
息子を殺された男が、殺した男を追う話ってだけです。
映画の中で、説明な部分なし!
主人公がなんでそこまでとか、そうなったとかも、描写なし!
人物的背景の説明も描写もとくになし!!
(もちろん、見てればある程度はちゃんとわかります)

すごい映画だった。
マジで。

ちなみに、人殺し、レイプ、ばりばりで、血しぶき飛びまくり、がんがん人死ぬし、動物も死にまくるので、そちらの苦手な方は見ないほうがいいです。

あと、悪役な方は、先日まで砂漠を怒りのデスロードされていた、トム・ハーディです。

いやー、マジすっげー映画でした。

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