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アニメとGAMEとマンガな日々

時流に愛された人 ~森瑤子の帽子  



バブル期、多くの女性のあこがれと羨望を一身に浴びた作家 森瑤子 を、親しい友人、編集者、仕事仲間、そして家族からの視点から、その人物をあらためて見直した評論本です。

高校生から社会人になったあたりの頃、読みまくった作家です。
森瑤子が描いた、中年期の女性の焦燥、情愛、セックスへの渇望、そして女としての自分を取り戻そうとする葛藤なんてものは、当然理解できるわけもなく、当時はただただ、その美しい文章に魅せられていました。
当時はまだ、書店にも森瑤子の棚があり、古書店にも大量に彼女の本が並んでいて、たくさんあった彼女の本を買うのには、お金が足りなさ過ぎて、古書店もっぱら利用していました。
作家中期の頃の本は、下の部分が空白で、当時はそれをかなり指摘、酷評されていたことを知ったのはつい最近。
たくさん書くために、文章ではなく、会話で物語をすすめる手法を取った結果でした。

三十代後半で作家デビューした森瑤子は、その時は専業主婦で3人の娘を持つ母親でした。
デビュー作「情事」は世間に強烈なインパクトを与え、ハンサムなイギリス人の夫を持ち、海辺の家でイギリス式の生活を送る、ヴァイオリンで芸大を卒業したという華麗なライフスタイルを持つ森瑤子は、あっという間に時代の寵児となりました。
しかし当時の彼女は、妻、母という当時は当然とされていた女の生き方に埋もれていってしまう自分にとてつもない焦燥感を持つ、一介の主婦にすぎませんでした。

森瑤子という人の存在そのものが、彼女本人によってカストマイズされていたものだということは、だいぶ前から知っていました。
死後、娘が出版した母親についてのエッセイにも多く書かれていたし、本人もあまり隠そうとはしていなかったようで、エッセイにもわりと書かれています。
とはいえ時代はバブル期、沖縄の別荘、カナダの島、ヨットでクルージング、ミンクのコート、レアな外車、夜ごと行われるゴージャスなパーティや会食、そしてそこに集まる人々と、当時の女性たちが彼女の存在に釘付けになり、あこがれたのはわかるような気がします。
でも、それを求め、見事に”森瑤子”となった伊藤雅代という人は、ひとりの人間として、そこに幸せを安らぎを感じてはいませんでした。

今でもたくさんいると思いますが、自ら求めて結婚し、子供を産んでも、そこに幸せを感じることが出来ない女性はいます。
森瑤子は、母である自分より、女である自分、森瑤子である自分のほうが大事な人でした。
でも、それは娘たちを愛していないということではなく、あくまでも、自分の生き方、自分としての在り方を求めた結果です。
人気作家として有名になってから、足枷にしかなっていなかった夫の存在も同じく、彼女は彼らを心から愛しながらも、自分という存在を模索し続けていた人だと思います

森瑤子をはじめとする、本に登場する時代の寵児、自立した人生を歩く女性たちに、普通の会社員はひとりもいません。
今の私にはこれにとても違和感を感じますが、当時は、会社員な女性にこういう人はいなかった時代なのでしょう。
存命ならば70代、専業主婦が当たり前の当時、森瑤子の存在は鮮烈なものだったと思います。

世代も生きている時代も違う私にとって、彼女にあこがれと羨望を向けることはまったくありません。
でも、小説に描かれる女性たちの情感、葛藤、焦燥感、そして美しさは今読んでも心を動かされるし、上質のシルクのような品のよい文章は、そこに描かれる世界を浮かび上がらせることにかわりありません。
かつて、女性たちのあこがれだったそのライフスタイルは、バブルの消滅と共に消えましたが、森瑤子が描こうとした女性の内面は今も変わらず、不変です。

私は森さんの本の中で、「レパルスベイの月」がいちばん好きで、返還前の香港の退廃的な雰囲気が描かれた傑作だと思っています。
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Posted on 2019/03/21 Thu. 08:28 [edit]

category: book

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