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アニメとGAMEとマンガな日々

正しさの前に壊されていくもの ~万引き家族  

パルムドールで審査員のケイト・ブランシェッとが「ペインフル」と言っていたのですが、まさにそういう映画でした。

犯罪を肯定する映画だとかいう批判や非難がSNSにでまくっているようですが、それは明らかにこの映画を観ていない人の意見なので、無視していいです。
近来稀なる邦画の大傑作なので、ぜひ見てください。

以下、ネタばれ含むので隠します。

驚きの脚本で、台詞が台詞ではなく、本当に日常で会話しているような会話になっているので、そこにある関係がそれでもうがっつり表現されてきます。
高層マンションの狭間に建つ戸建て、中は物であふれかえっていてごちゃごちゃ。
そこに、夫婦とおぼしき男女と娘、息子、祖母が暮らしています。
父親と息子が万引きした帰り、寒い冬の日に薄着で外に出されている幼い女の子を見つけ、家に連れて帰る。
それがこの物語の始まり。

この映画は、説明がいっさいありません。
よって、観ている我々は、挿入される状況や台詞でそれを知る形になります。

拾った小さな女の子は、夫の暴力、母親の幼児虐待が日常化している家の子供でした。
少年は、地方都市のパチンコ店の駐車場に止められた車に放置されていた赤ん坊。
男女は、痴情ももつれで殺人事件を起こした過去があり、老婆は夫の年金をもらって暮らす。
そして、風俗店で働く娘は、老婆の元夫と浮気相手との間の息子の家の長女。
彼らは、老婆の年金6万円と、男の日雇い、女のパート仕事、そして万引きで生計をたてていました。

映画では、それ以上のことは明確に説明はしていません。
しかし、状況が我々に差し出してくる”何か”は、もっと悲劇的です。
小さな女の子は、実の両親によって殺されるかもしれない。
少年は、パチンコに興ずる実の親に、灼熱の夏に車の中に放置されて、死に掛けていたのかもしれない。
男女が殺したのは、女に暴力をふるって殺しかけた男が相手らしい。
老婆の夫は、彼女を捨て、浮気相手と結婚していたことが途中でわかります。
老婆をおばあちゃんと呼んで慕う娘は、裕福で恵まれた家を出て、血縁でもない老婆の家で暮らしていますが、彼女の実の両親は、尋ねてきた老婆に、「長女はオーストラリアに留学している」と嘘を言う。

社会から放逐され唾棄された人たち、どこからどうみても、なんら係累も繋がりももたない彼らの生活が、なんと暖かく、優しさに満ちたことか。
拾われた時、身体中傷だらけだった少女を、「本当に大事ならこうするの」と抱きしめて頬を寄せる女。
彼女自身も、親からの虐待にさらされていたことが示唆されています。
おばあちゃんが少女の傷に優しく薬を塗り、娘に膝枕する愛情は本物で、男がふたりの子供をつれて歩く様子は、掛け値なしの父親の姿でした。
娘は少女を、迷うことなく”妹”と呼ぶ。
彼らは確かに家族で、彼らの親、彼らの祖母、そして彼らの子供でした。

けれどそれは、儚く脆い。

家族の崩壊は、老婆の死と、少年が”正しさ”を知ってしまったことから始まります。
やってはいけないことをやっている自分、やってはいけないことを妹にやらせている。
それを知った少年は、あることで、とっさに大きな決断をします。

そして、彼らはやったことは、おぞましいとしか言いようのない犯罪となります。
かつて殺人事件を起した男女が、子供ふたりを誘拐し、年金目当てに居候していた家の老婆を殺して家の中に埋めた。
老婆は、元夫の息子に家に金を無心しに行っていた。
子供を生むことが出来ない女は、その腹いせに子供を誘拐した。
男は、子供たちに万引きをやらせていた。

警察官たちが男女に投げつける言葉、子供たちにかける言葉のすべてが正しい。
正しいし、間違いではないけれど、でも違うことを、観ている我々は知っています。

万引きさせられていても、少年はその”正しさ”をきちんと理解する目を持つように育てられていた。
少女はその家で、みんなからかわいがられ大事にされ、笑顔でおにいちゃんと駆け回っていた。
男はみんなのためにコロッケを買い、女は少女を守るために仕事を失った。
老婆は、少女の傷に優しく薬を塗り、娘のことを誰よりもわかっていた。

「おばあちゃんは、お金のために私をおいてくれてたってこと?」
そう言って泣いた娘は、老婆がどこに埋められかを警察に話します。
夫を奪った女の子供のところに、なぜ老婆がわざわざ何度も尋ねていったのか、理由ははっきりと描かれていません。
ただ、私は、老婆は彼女の両親に、何かの形で彼女が元気でいることを伝えたかったのではなかろうかと思ってみていました。
しかし、両親は「長女はオーストラリアに留学していて、楽しすぎて帰国しない」と言う。
そんな親に、彼女が元気でいることを伝えることは難しい。
そして老婆は、彼女の親から渡されたお金だけは、いっさい手をつけずにいました。

男が少年に、何度も「おとーちゃんって呼んで」と言います。
少年は、「今度ね」と返します。
刑務所にはいった女を訪ねたふたりがその夜、男が少年に言います。
「おとーちゃん、ただのおじさんに戻るよ」

ただのおじさんに戻った男は、少年が乗るバスを追いかけて走ります。
ずっとずっと少年の名前を呼んで走る。
少年は振り返りません。
男を見ることもない。

そうして少年は、心から自分を大事に想い、愛してくれた”おとーちゃん”を永遠に失いました。
世界の正しさの前に、”おとーちゃん”を受け入れることは難しい。
少年に残されたのは、世界のどこかに生きている、彼を唾棄し、探しもしなかった本当の親だけになりました。
そして、”正しさ”を選び、その世界で生きていくことを選んだ彼によって、妹だった少女は、彼女を殺すかもしれない親のもとへ戻された。

つきつけられるものがあまりに多く、終わった後、どうしようもない気持ちのまま取り残される映画でした。
あとで思いだして、うっかり涙が出てくる。
そして、あの女の子は生きていられるだろうかと、何度も何度も思いました。
あの子はきっと、自分を愛してくれた人たちがくれた名前を忘れないでしょう。
抱きしめてくれた暖かさも、いっしょに笑ったことも、おいしかったコロッケの味も、おぶわれた時の背中の大きさも、忘れないでしょう。
そういうものが、私たちを生かすのだ。
それを教えてくれる映画でした。

傑作でした。


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Posted on 2018/06/17 Sun. 10:33 [edit]

category: 映画

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