orb

アニメとGAMEとマンガな日々
MENU

ゲーム、プレイでちょっと思ったこと

最近、ゲームに対する意識が自分の中で変わったなということに気がつきました。
つきまとっていた焦燥感がなくなり、自分の中にあった黒いものがだいぶ減った感じ。
バイオからCoD、シージと、ずっとうまくなりたい、強くなりたいってものすごくがんばっていた部分、角が取れた感じがします。

バイオはふたりでスコアを伸ばすゲームでしたが、良いスコアがでなかった時、個人スコアの高い人が低い人に対して「お前のせいだ」というふうに落とすのが常套でした。
実際、スコアを上げようとしたら、自分よりうまい人と組んでプレイするというふうにされていたので、良いスコアが出なかった時、個人スコアの低い人にその責があるって見方は間違いではない。
でも、それだけが理由でもない。
スコアを伸ばそうとがんばっていた自分、高いスコアが出なかった時に放たれる非難批判、時にはフレンドから「あなたとやってもスコアが伸びないから、もうやらない」といわれたりとか、まぁ、へこんだ、へこんだ(笑)
でも、今考えたら、別にそこまで下手じゃなかったんじゃないかと。
見知らぬ野良の人とやって、いきなりスコア大更新とか、出来てたわけだし、逆に、見知らぬ誰かのスコア更新に貢献できたこともあるし。

その時、たまたま野良で何度かやったことのあるトップランカーの方から、メッセージいただいたことがあります。
「全然下手じゃないし、むしろなんでそのスコアしか出ていないんだ?という印象です。
 タイミングとかプレイとか、上手く合うパートナーに出会えれば、いっきにスコアあがると思いますよ。僕はとてもやりやすかったし楽しかったです。ゲームはそれが一番大事です」

CoDでは、強くなりたいって意識がもっともっと強くなりました。
グループにはいることもできて、プレイそのものの楽しさは増しましたが、チーム最弱のポジションから抜け出すことができず、ものすごい葛藤がありました。
「楽しければいいじゃないか」と言ってくれる人もいましたが、キル数が圧倒的に少ない自分に満足できなかったし、そもそもプレイを楽しめなくなりました。
かの梅原大吾も言ってますが、上達しなければ、ゲームが楽しくなくなるのは必定。
さらに、大敗を帰した時に、個人戦績の悪い人にその責務を問う言葉が出ます。
これは、フレンドであろうがなかろうが出る。
そしてある時、サポートプレイしている自分、貢献してるって言うけれど、もしかして、味方プレイヤーのスコア上げる事に貢献してるだけなんじゃないのか?って気がついた。
そう思ったのは、とあるフレンドの言葉からで、もちろんみんながそうだとは思っていません。
でも、CoDってゲームはキルするゲームなんだ、それがもっとも重要なゲームで、それこそが勝利につながる道なんだと気がついた。
「結局キルしたいだけなんじゃないか」といわれたこともありますが、それに対してフレンドのひとりが、「だってそういうゲームだよ?そう言ってるあの人もあの人も、みんな、自分がキルできなかったら、スコアが悪かったら激怒するし、ゲーム途中で抜けたりもしてるじゃないか」と言ってて、そうだなーと思いました。
そんなこと考えてるうちに、ゲームそのものを楽しめなくなっちゃった。
考えてみれば、ゴーストとかAWとか、高いスコア出せてたし、良いプレイも出来ていたりしたんですよね。

シージがキル数を競うゲームじゃなかったこと、私には幸いでした。
キルしたいプレイヤーのフレンドは、あっという間にシージから離れました。
最初にやっていたグループからは、CoDと同じ「へたくそだから」って理由で、嘘八百並べられてはずされました。
ひとりでやればいいやって思ってたら、見知らぬ人から誘いがあり、そこでチームプレイ開始、その後、私と同じように最初のチームからはずされてしまったフレンドに声をかけ、今いっしょにやってるチームの母体が出来ました。

シージプレイは、ぶっちゃけ、エンジョイ勢になりました。
ただし、マインド・エンジョイ勢。
強い相手にぼこぼこにされると、みなさん、燃えます。
次は絶対に勝ちたいって、再戦しようとします。
味方同士、好きなオペレーター、好きな武器でOK、プレイスタイルも好きにしていい。
負けた時も、味方にせいにする言葉が出たことはありません。
ほんと、びっくりするくらい、出たことない。

シージでも、上手い人はキル数高いですが、いわゆる強いプレイヤーという概念においては、キル数だけでは判定されませんし、撃ちあいに強い人でもあっさりやられるので、スコアだけで強さを判断することはできません。
守備の場合、1キルもしなくても、最後のひとりで生き残ることが勝利につながるし、攻撃も味方のサポートで大きく貢献することができる。
さらに、ガジェットがプレイに大きく貢献していて、キルには繋がらなくても、抑止力や防衛、あるいは味方を守ることができます。
つまり、プレイの幅は広い。

シージプレイ始めてから、自分の中に黒く渦巻いていた葛藤や焦燥感はなくなりました。
自分が弱い、だめなプレイヤーというレッテルからも、やっと解放された感じ。
そのレッテルは、外からも貼られていたけれど、自分自身も貼っていたものです。
撃ちあいに強いとはまだ言えないと思っているので、ここは練習中です。
強くなりたいと思う気持ちは、相変わらず。
でも、かなり形が変わったように思います。

スポンサーサイト

該当の記事は見つかりませんでした。

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://orbyano.blog75.fc2.com/tb.php/4633-321639eb