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そしてレプリカントは・・・ ~ブレードランナー2049

「ブレードランナー2049」観ました。
アメリカでは賛否両論だそうで。
はっきりいって、アベンジャーズとかトランスフォーマーが大好き!とか、そういうのをSFって思ってる人にはまったく面白くいないだろうし、お勧めもしません。
もともとわかりやすい話じゃないし、前作も公開当時はさほどに注目を集めなかったし、BGMのCDが発売されたのも10年後だそうなんで、万人に受ける映画じゃないって前提。

主人公は違いますが、物語は前作につながっています。
前作でレプリカントを製造していたタイレル社はその後倒産、その技術を買ったウォレス社が、人間に絶対に忠実な新しいレプリカントを製造する世界、その新しい型番のレプリカントKは警察で、旧式のレプリカント(タイレル社製造)を解任(殺害破壊)する仕事についていました。
過酷な僻地で農業を営んでいたレプリカントを解任した後、そこに埋葬されていた者が、出産経験のあるレプリカントのものと判明、Kはその”人物”をつきとめ、解任する任務を与えられます。

ウォレス社の社長は、レプリカントによる妊娠出産によって、さらなる労働力を”生産”しやすくなるという考えをもっています。
しかし、警察側は、レプリカントの妊娠出産を、人類の脅威とみなします。
生まれた子供を追うKはレプリカントで、厳重な警察のテストにも異常はみられませんが、その反面、ホログラムの女性を愛し、”子供”を追う中で葛藤を持つようになります。
Kに解任される農夫、製造されたばかりでウォレスに殺される新型、娼婦の仕事に従事するレプリカント、そしてKが愛するホログラムと、登場する”人造人間”たちはみな、感情豊かで心を持ち、人間となんら違いを感じません。
「魂がない」
人間もレプリカントも、違いをそう表現します。
では、その魂とはいったい何か。
どういう形をし、どういう存在で、どういう物質なのかという部分、人間もレプリカントも説明はできない。
それがいったい何なのか、誰も知りません。

その部分、攻殻機動隊で”ゴースト”と称されていたものと一致します。
それは物理的には存在せず、あくまでも概念でしかない。
我々が当たり前のように持つその概念は、いったいどこからきたものなのか、何に由来するものなのか、誰も知らない、わからないまま、私たちはそこに境界線を持ちます。
これはいったい何なのか。

この部分、日本人は、他に例を見ない特殊な文化を持つ民族と思います。
我々は、八百万の神の存在を、文化習慣思想の中に普通に持っていきています。
木や花、動物にも魂や心を感じ、それは古い建物や仏像、人形、あるいは鏡や機械、乗り物にも感じる民族です。
ルンバやペッパー君に、当たり前のように人格や愛情を持つ我々日本人の「ブレードランナー」に対する見方、感じ方は、欧米人のそれは明らかに一線画すと思います。

監督したのは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。
前作のイメージを損なわず、さらにはヴィルヌーヴらしい演出や映像が満載の映画でした。
情感たっぷりで詩的ですが、容赦ない表現をしてくるので、美しい絵の中に強烈なインパクトがあります。

ずっと無表情だったKが、最後に一瞬だけ、笑顔を見せます。
ネオンきらめく街を見下ろしながら、自身の存在を問いながら絶命した前作のバッディ、ルドガー・ハウアーに対し、「ブレードランナー2049」のK、ライアン・ゴスリングが見せるこの映画の最後は、とても静かなものでした。

前作から今作につながる間に、短編映画が3作YouTubeで公開されています。
先にこれを見るようにという人も多いようですが、私は後に観た方がいいかなと思いました。
本編見た後、この3本を見ることで、さらに深みが増し、あらためていろいろ考えるきっかけになりました。
映画は3時間という長さですが、あっという間でした。




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