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アニメとGAMEとマンガな日々
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すべての人々へ ~ ドリーム



「ドリーム」見ました。
やっと見れました。
アカデミー賞にノミネートされて、見たい!と思ってから一年近く。
日本での公開、遅すぎる>しかも邦題がクソで騒動になってた

NASAのマーキュリー計画前後に、計算手として働いていた黒人女性たちを描いた物語です。
主人公キャサリンは、小学生から飛び級しまくった数学の天才児。
同じ黒人女性のメアリーとドロシーとともに、NASAで働いていました。
卓越した数学の才能を持つ彼女たちですが、職場は施設の地下。
そこで、安い給料で計算手として働いています。
そんな時、ソ連がスプートニクを飛ばし、さらに有人宇宙飛行を成功させます。
NASAは正確かつ高度な計算が出来る人材を探すこととなり、その白羽の矢は、キャサリンに向けられます。

1960年代、白人と有色人種が使う場所は、すべて分けられていた時代です。
さらに、女性の仕事はアシスタント的な業務がメインで、その能力や地位はほぼ認められることがない時代。
そんな中で、白人種男性しかいない現場にはいったキャサリンは、黒人、女性という二重の意味で大変な苦労を強いられることになります。

有色人種が使うトイレがないため、毎回800メートルも先にある、遠い建物地下のトイレまで往復しなければならない。
オフィスにあるコーヒーメーカーは、彼女だけ別にされる>しかも放置されてる状態
計算しようにも、大事な部分は全部黒いマーカーで消されてしまう。

同僚のドロシーやメアリーも、同じような経験をします。
エンジニアとしての才能を発揮するメアリーに、上司がエンジニアの資格を取ることを薦めますが、大学の学位ももっている彼女に、人事は、有色人種には取ることの出来ない講義にでていないことを盾に、資格取得を承認しません。
管理職の代理をずっと務めるドロシーは、昇給も昇進もないままこきつかわれ、それを人事に訴えますが、黒人女性が何を言ってると、まったく相手にされません。

ここまでの差別を描きながら、この映画は、差別との戦いをいっさい描いていません。
見事なほどに、描いていない。
すっぱりと、”当時あったこと”として描いています。

じゃあ何をこの映画は描いているのか。
3人の女性が、黒人であること、女性であることなど、驚くほどの困難と障害を前にして、決してくじけず、決してあきらめず、誠実に実直に仕事にむかっていく姿を描いています。
すごいのは、彼女たちは決して戦わないし、自己主張もしないし、強い態度にも出ません。
静かに耐え、黙ってあることを受け入れます。
けれど、前へ進み続けます。

個人的に、心に残ったシーン。

キャサリンが職場を去ることになった時、上司の秘書が婚約祝いを上司からだと言って渡します。
その品物は、かつてキャサリンが一度だけ、怒りに震えて上司や同僚の男性陣に訴えた時に言及したもののひとつでした。
「上司はこんなのはわからないから、たぶん奥様が選んだものでしょうけれど」と秘書が言いました。
いや、違います。
それは秘書が選んだもの、と私は思いました。
なぜなら、キャサリンの喜ぶものが何かなんて、上司はわかるわけもないし、覚えているわけもない。
秘書の彼女だからわかるものです。
私はこのシーン見て、号泣しました。

もうひとつ。
有色人種しかいかれない学校の講義に出たいという申請を、裁判所に申し出たメアリーが、裁判官に言う言葉。
「最初のひとりになる」(Be the first と言ったような記憶が)
この言葉のすごさ、すばらしさに震えました。
しかし、そのメアリーも最初は違っていました。
「黒人の女である私が、夢や希望をもったところで無意味だ」
そう言った彼女に激を飛ばしたのは、技術部門の彼女の上司です。
「何言ってるんだ。私はユダヤ人だ。両親は収容所で死んだ。だが今、ここにいる」

日本では、女性が主人公の映画は、恋愛絡みじゃないとまったく受けません。
「ドリーム」も、アカデミー賞多数ノミネートされ、アメリカでは大ヒットを飛ばしているにもかかわらず、日本公開は一年近く遅く、上映館も少ない。挙句に、宣伝も邦題もあきれるようなやり方でした。
これが、男性が主人公だったら違うよね?という指摘がありましたが、そのとおりと思います。
Twitterで映画評をあげている人たちのほとんども、この映画については、完全に無視です。
(ちなみに、ほぼ全員、「ワンダーウーマン」は視聴していましたが、全員鼻で笑ってました)
「ダンケルク」など、きちんと解説し、すばらしい評をあげている人たちですら、女性が主人公の仕事の映画になると、そういう対応になる。。。そんな国なんだな、日本って。

週末、都内上映館はほぼ満席で、チケット取れず。
平日の夜見ましたが、年配の男性が多かったです。
どういうふうに見たか、聞いてみたかった。

私が女だからって差別した!
私が黒人だからって、そういう扱いをするのだ!
そんな言葉は、いっさい出てきませんでした。
(まぁ、そんなこと言ったら殺されるかもしれないし、そもそも職を失う時代でもあるけど)
しかし、彼女たちは、おのれの目指すものへと進み続けます。
実直に、誠実に、どんな困難にも負けない不屈の心で仕事に向かい、そして結果を出すという、あまりにもまっとうであまりにも正当なやり方で、彼女たちは成功しました。

「天才な彼女たちでも夢を叶えるにはあんなに大変なら、才能なんてない自分らの夢なんか、叶うわけない」という意見をみました。
成功とか達成に向かって努力はするものだけど、成功しないならやらないって考えなら、何やってもだめでしょう。
成功するか、達成するかなんて、誰もわからないです。
才能ないからやっても意味ない、成功しないと思うからやらないんだったら、それはそれでどーぞどーぞ、さようなら、です。
夢を見るのも、そのためにがんばるのも、才能が必要なのかもしれません。
努力し、がんばることを楽しむのも、才能が必要なんでしょう。
挫折し、結果として夢は叶わなくても、自分の中に何かが残る、あるいは楽しかった充実した時間が残せるのも、きっと才能なんでしょう。


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