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昔、海の向こうで ~また、桜の国で



第二次大戦時、日本がドイツとイタリアとで三国同盟を結んでいたのは歴史的事実で、当時の日本は軍国主義へと驀進していたというのが一般的な見方ではありますが、実際には、どうにか戦争を避けようと東西奔走していた人達もいました。
歴史的な評価は、敗戦した国が”悪”という形で残ってしまうわけですが、実際はそんな安直で安易なものではありません。
そして、教科書や書物に出ていること、ドラマや映画で題材になっていることだけがすべて、というわけでもない。

この本は、第二次大戦時、ポーランドで起こったワルシャワ蜂起を中心に描かれた物語です。
それ何?って方は、こちらを読んでみてください → ここ

主人公は、ロシア人を父に持つ、外交書記生の棚倉慎です。
仕事で日本にきていた父親は、革命により崩壊してソ連になった故国に帰ることができなくなり、帰化したロシア人です。
まったき日本人として育ちながら、明らかにロシア的な容姿を持つ慎は、自身のアイデンティティの根を日本にしっかりと持つことが出来ずにいました。
その彼がポーランドに渡り、日本国大使館で働くことになります。
慎はそこで、かつて日本に救われたというポーランド人たちを通して、日本人である自分、日本人としての自分に目覚め、そして日本人として誇りある選択をすることになります。

ポーランド人はもともと、愛国心に厚い国民です。
日本のポーランド大使館で外交官の皆さんとこれについて話したことがありますが、「ポーランドは長い歴史の中で、何度も征服され、蹂躙され、多くの人々が死んできたが、絶対に屈しないという精神が根強くある」とみなさん、言っておられました。
その時、大使館が特別招待をし、大使館だけでリサイタルを開いた、”ポーランド国民がこの人と認めるショパン弾き”と称されるピアニストの演奏を聴きました。
品のある白髪の老婦人が弾いた”革命のエチュード”は、本当に衝撃的でした。
乾いた音で泥臭い演奏のそれは、私の知っている革命のエチュードではありませんでした。
驚く私に、大使館の方が、「これが、ポーランド人の革命のエチュードです」と言ったのが、今でも忘れられません。

その、革命のエチュードが、この物語にも何度も何度も出てきます。

そして、自身のアイデンティティを国にもてない、別のふたりが、物語に大きく関わります。
ポーランド人でありながら、アメリカで育つことになり、アメリカ人となったレイ、そしてドイツ生まれのユダヤ人ヤン。
このふたりの視点、ふたりの生き方が慎のそれと重なり、そして三人は歴史の大きな流れの中に呑み込まれていく。

この物語が、もうひとつ描いているのは、ユダヤ人の存在です。
知らない人も多いようですが、アウシュビッツを始めとするユダヤ人絶滅収容所は、ポーランドにありました。
そして、ドイツ国内だけではなく、フランスや東欧からも大勢のユダヤ人がそこに送られています。
ユダヤ人ゲットーに追い込まれ、人間として生きる権利を剥奪されたユダヤ人たちが命を懸けて蜂起するのを見て、物語に出てくるポーランド人たちが、「昨日まで隣人で同じポーランド人だった人々が、占領軍によって区別され迫害されたことで、自分自身も彼らはユダヤ人なのだからと、見てみないふりをしていた」と自問自答し、そこから、人間としてどうあるべきなのか、という方向へ向かっていくあたり、胸熱でした。

かつて日本に縁のあったポーランド人、棚倉慎や日本大使館員たちを通して日本を知ることになったポーランド人たちと、日本人が、日本の桜の美しさについて語り、いつかそれをいっしょに見ようと話すシーンが、この物語の根幹です。
読んでいる私たちは、その日は永遠に来ないことを知っています。
そして、物語に登場した人の多くは、その後どうなったか生死もわからないままです。

けれど、この物語を読み終えた時、読んだ私たちの心には、「彼らがもし生きていれば、必ず桜を見に、日本に来るはずだ」という思いにかられます。
第二次大戦の後、ポーランドの新しい苦悩の歴史が始まるのを知っていてなお、そう思う。
そう思いたくなる。

久しぶりに、重厚かつ胸熱な本を読んだ・・・という気持ちです。
小説でしか描けない世界を堪能しました。
素晴らしい小説でした。


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