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運命のタペストリー ~すべての見えない光



2015年のピューリッツァー賞受賞の小説で、翻訳版刊行前から評判になっていました。
アンソニー・ドーアを読むのは初めて。

3000円近くする分厚い本ですが、読むのにやたらと時間がかかったのは、厚さのせいではありません。
細くて美しい緻密な文章で、丹念に編まれたタペストリーのような物語で、その繊細な糸をほぐすように読み込んでいたら、とてつもかく時間がかかってしまいました。

パリに住む盲目の少女マリー・ロールと、ドイツ人の孤児ヴェルナーのそれぞれの人生と邂逅を描いた物語・・・と、要約するとそういう形にしかできませんが、この物語はそんな単純なものではなく、そして劇的なものでもなく、さらに運命的なものでもありません。

人生に起こることの偶然と必然の区別がつく人は、この世にはいません。
何気なく起きたこと、あるいはあったことが、その人が思いもしなかったものにつながったり、あるいは遠いどこかで誰かと誰かが結びついたり、あるいは破滅を導いたりする。
実際にそれに関わった人が、その発端となった事象の結果を知ることなく終わることもたくさんあります。
人はそれを時に”運命”と呼びますが、この物語はそれを、「そんな安易で軽薄なものではないよ」と囁くように見せてきました。

目の見えないマリー・ロールの世界が、この物語の中でもっとも色鮮やかなのも、弱弱しく変わり者でしかないヴェルナーの友人フレデリックが追いかけていた鳥の世界も、この小説では静かに美しく描かれています。
現実世界では、彼らをとりまく世界は悲劇的で、むしろ悲しい色に満ちている。
けれど、彼らだけがこの物語の中で、もっとも色鮮やかで、美しい世界を見ていました。
これは、物語の世界だからこそ、文字で表現する世界だからこそ、表現できたことだと思います。

マリー・ロールとヴェルナーは、出会います。
出会うけれど、それは世間によくあるすてきな物語、ロマンチックな小説、運命を描く映画とはまったく違っています。
ふたりの邂逅は、マリー・ロールの祖父が行っていたこと、ヴェルナーの両親の死、ヴェルナーとその妹のユッタとの時間、フレデリックの大事にしていた本、ヴェルナーと共にいたフォルクハイマ―の存在、そしてさらにはもっとたくさんの複雑な、そしてこの邂逅とはまったく無関係にあった人々や出来事によって起こります。
そしてその邂逅はその後、再びその邂逅とはまったく無関係だった人々を繋げ、別のことへと昇華されていきます。

緻密に編まれた文章は、読む人の心に、脳内に、マリー・ロールとヴェルナーが生きる世界を描き出し、マリー・ロールが触れる貝の感触、ヴェルナーが耳をそばだてたラジオの音を、自分が体験しているように伝えてきます。

読み終わった後、しばらく呆然として、自分のいる場所に戻ってこれない。。。みたいな状態になりました。
小説というものの可能性、世界、そして美しさを最大限に見せ付けてくる本でした。

いやー、こんなに感想書くのが難しい本はないです。
自分の言葉が、陳腐でしかない。
この本、翻訳も素晴らしいです。

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