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開いた扉の外に ~ルーム



アカデミー主演女優賞受賞作品、「ルーム」見てきました。
17歳で誘拐され、小さな納屋に7年閉じ込められていた女性と、彼女が産んだ5歳の男の子の物語です。

映画は5歳のジャックの視点で語られています。
よって、見ている我々は、悲惨な幽閉生活を見ることはありません。
ママとジャックは、平穏に幸せに暮らしています。
週に一度、ジャックはクローゼットで寝かされ、その時に“ビッグ・ニック”が、ママがリクエストしたものを持ってやってきます。
“ルーム”はジャックの世界のすべてで、テレビの中のものや本の中のことは、ジャックにとって、“リアル”(現実)のものではありません。

ジャックには平和なママとふたりの幸せな生活ですが、見ている我々には、ジャックには見えていない“現実”がはっきりとわかります。
狭い納屋に幽閉され、定期的に訪れる誘拐犯に犯され続ける女性。
その男の子供を産み、不自由で不衛生な生活を7年も強いられてきています。
扉は厳重な鍵がかかっており、男に逆らえば容赦ない暴力でおさえこまれる。
放置された虫歯は、りんごを食べただけでぽろりと落ちる。
栄養状態もぎりぎりでした。

あることから、この先にある危険を察知したママが、ジャックを部屋から出す方法を考え、救出への道を見出します。
けれどそれは、狭い部屋しか知らないジャックにとって、恐怖以外のなにものでもありません。
5歳のジャックは言います。
「明日にしよう」
「4歳に戻りたい」
「僕はここにいたい」

空を知らなかったジャックは初めて見た空の大きさは、そのまま世界の大きさで、外の光を知らないジャックがまぶしいと感じる太陽の光は、そのまま未来の光、そして、免疫がないジャックが医師から憂慮されるのは、ピュアなジャックがこれから関わっていく社会そのものを表しています。

ママはママではなく、ジョイという名前のひとりの女性で、ジャックにはおばあちゃんとおじいちゃんがいて、レオというおばあちゃんの新しい夫がいる。
心配してくれるお医者さんがいて、笑いかけてくれる隣の人がいて、友達のアランがいる。
レオの愛犬はジャックの顔を舐め、パンツはいつでも新しいものが買えて、おいしい食べ物がたくさんあり、おもちゃで好きに遊ぶこともできる。
「4歳の僕は何も知らなかったけれど、5歳の僕はなんでも知ってるよ」
ジャックは言います。

しかしこの映画は、やっぱりこの部分も、しっかりと現実つきつけてきます。
7年ぶりに再会することができた両親は離婚しており、ジョイの父親は、娘をさらって強姦した挙句できた男の子供のジャックを、見ることさえできません。
ジョイは、なぜ自分がこんな目にあったのかという想いを抱え、厳しい現実と失われた7年の重さに押しつぶされそうになり、さらには、閉じ込められていたときは希望だったジャックが、解放後、自分を誘拐し犯し続けた男との間に出来た子供という、忘れてしまいたい事実をあらためて彼女につきつける証拠になっていく。
ジャックの存在は、常に彼女に、厳しい7年の記憶を呼び起こす存在になります。

「サラエボの花」でも描かれていましたが、強姦した男との子供を産み育てるというのは、女性にとって過酷です。
何も知らない子供を愛する気持ちがありながら、その存在が常に、陵辱され妊娠した現実をつきつけてくる。
そして、子供自身もいつか必ず、自分が、母親を無理やり犯した男の子供だということを知ります。
それは不幸の連鎖でしかありません。

私、この映画で号泣しました。
泣いたところは、ジョイとジャックの部分ではありません。

ジャックが助けを求めた人は、犬の散歩をしていた普通の男性でした。
彼があの時、ジャックと彼を連れ去ろうとする“ニック”に違和感を感じて、詰問しなければ、ジャックはそのまま、また部屋に連れ戻されていました。
警察が来た時、ショックで動けなくなっているジャックの身体には、その男性のジャケットがかけられていました。

ジャックを保護した女性警察官は、怯えるジャックに優しく、根気強く、事実をさぐろうと質問します。
同行している男性警察官が、「どうせカルト教団とかから逃げ出してきた子供だろう、児童施設にほうりこめばいい」というのを押しとどめ、言葉の足りない5歳児から、見事に事実を聞き出し、場所までも特定します。

ジョイの母親の新しい夫レオは、厳しい現実に打ちのめされ対応しきれずにいるジョイ、妻(ジョイの母)、ジョイの夫の間に立ち、寡黙にサポートします。
諍いの中で放置されがちなジャックを、“やさしいレオおじさん”な位置で、しっかりと守ってくれる。

隣に住む女性は、ジャックが誘拐犯との間に出来た子供だと当然知っています。
しかし彼女は、笑顔でジャックに声をかけます。
「あら、ジャック。おばあちゃまのお手伝い?えらいわね」

ジャックに声をかけて、友達になったアラン。
その母親も、当然事情は知っています。
知ったうえで、自分の子供に言った言葉は明らかです。
「あそこにジャックって、あなたと同じ歳の子がいるわ。声をかけて、いっしょに遊んでいらっしゃい」

彼らの機転、優しさ、思いやり、配慮、そして暖かい気持ちは、映画の中ではっきりと描かれているわけではありません。
でも、もし、あの時、犬の散歩をしていた男性が知らん顔していたら、女性警官が男性警官と同じ対応をしていたら、ジョイとジャックは助かりませんでした。
そして、レオや近隣の人々の、さりげない、何気ない優しさと配慮が、これからジョイの傷を癒し、彼女とジャックが当たり前の、本来あるべき本当の平穏な暮らしを築く長い道のりを、静かにサポートしていってくれるに違いありません。

いい映画でした。

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2 Comments

矢野トール says..."Re: No title"
こんにちは。

近所や他の人たちの優しさは、よく見ていないとわからないくらい、自然に描写されていました。
ジャックが少しづつ、新しい広い世界になじんでいく様子はとても素晴らしく、いかなる出生の事情があろうとも、彼自身がそれで損なわれることがないというのを、映画はきちんと描いていました。
とてもいい映画なので、ぜひぜひ、見てください。
2016.04.19 15:02 | URL | #- [edit]
Dan Shirley says..."No title"
私もこの映画を観てみようと思います。
ネイバーの方達が優しい人たちで良かったですね。
ジャックと彼の母親と比べると次元が違いますが、私はネイバーから「敵(アメリカ人)との間に生まれた子供!」とずっと迫害されて育ったので、今でもその時のトラウマは残ってます。
それが理由で日本が嫌になって海外に逃げ出したようなもんです。
マイノリティーにとって周りの理解は大事です。
2016.04.16 02:31 | URL | #- [edit]

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