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正義の通用しない世界 ~ボーダーライン



デルトロは、あのトトロな方ではなく、ベニチオ・デルトロのほうです。

現代は「シカリオ」。
殺し屋という意味です。

アリゾナで誘拐犯自宅をFBIが急襲するところから始まります。
主人公のケイトはそこから、誘拐事件の大もとでもある麻薬カルテルのボスを捕まえるべく、国防省のチームに加わり、メキシコにはいります。
チームには、アフガンはイラクの戦争に加わった屈強の男たちに加え、身元不明の謎の男アレハンドロがいました。
カルテルのボスの弟の移送に同行したケイトは、おのれの人生も価値観も破壊されてしまうような、驚愕の体験をそこからするこtになります。

血なまぐさいシーンは、実はほとんどありません。
ありませんが、鬼畜の仕業としか思えないような死体の山、ちぎれた腕、惨殺された人々の姿ががんがん出てきて、さらに壮絶な拷問が行われているのをにおわせるシーンや、さらりと人を殺すシーンも出てきます。
けれどこの映画、そこがいわゆる、ビビるシーン、ではありません。

ケイトはFBIの人間としてチームにはいりますが、はいった瞬間から、彼女の生きていた世界の常識がまったく成立しない世界にぶちこまれます。
行く先は不明、メンバーの所属も不明、地元警察を真っ先に疑えと言われ、市民が大勢いるところで発砲し複数の犯人を殺害する。
脅迫、拷問、殺人、嘘、違法行為が当たり前の世界に呆然となるケイトに、アレハンドロとリーダーのマットは「後ろで黙ってみていればいい」と言います。

見ていて正直、甘いな、と思いました。
ただ、そのケイトの甘さは、実はしっかりと計算されたもので、そもそも正義や法なんてものは、きちんとした秩序が成立し、それが維持されているまっとうな世界で成り立つもので、それがない世界でなんて、意味がない、通用しない。
映画を見ている我々は、ケイトを通じてそれをじわじわと感じる形になります。

マネーロンダリングしている人間を捕まえた後、口座を凍結するといって銀行内にはいろうとしたケイトをマットが、「はいるな」と止めるシーンがあります。
見ていて、「カメラに顔が撮影されて身元がバレる」と思った私でしたが、映画内で見事にそのとおりになっていました。
上司が「これは、違法前提のミッションなんだ」と説明されても、ケイトは納得しません。
結果、自分の命を差し出すか?というところまで追い詰められ、最後にはこれ以上ないというところまで、徹底的に破壊されることになります。
しかし彼女は、自身がその正義のために参加したそのミッションによって、生涯命を狙われる立場になったことを、最後まで自覚できていませんでした。

この部分、「ブラックラグーン」ですでに何度も描かれているなと、見ていて思いました。
ロベルタやヘンゼルとグレーテル、竹中や雪緒によって、何度も何度も、「正義なんてものは、それが守られている世界でしか通用しないんだよ」と描かれていました。

メキシコでは、バス亭でバスを待っている人が、小額のお金目当てに人々の前であっさり殺されることなんてよくあると、メキシコ人たちが言っていました。
人間を殺す過程を撮影したスナッフフィルムは未だに流通されているし、子供を売り物にした幼児性愛好者の犯罪や臓器売買も世界中にあふれています。
世界のどこかでは今もって、誘拐され、惨殺され、意味もなく死んでいく人たちがいる。

「ブラックラグーン」では、ケイトと同じ立場にいたロックは、正義や正しさが通用しない世界で、そこでの生き方、身の振り方を学んでタフになっていきました。
ケイトはあえない抵抗を続け、そして壊れていきます。

アレハンドロを演じたベニチオ・デルトロが、寡黙で凄みのある演技を見せていました。

冒頭、すさまじいシーンが出てきますので、バイオレンス系に弱い人は見に行かないほうがいいです。
バイオレンスシーンはさほどにありませんが、内容は相当にきついと思われ。

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