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愛に形は必要ではない ~ her 世界でひとつの彼女

自分のもとから妻が去ったことに深く傷ついている男と、人工知能型OSサマンサとの関係を描いた映画です。
上映当時、話題になっていましたが、これ、すごくいい。

セオドアはちょっと内気な感じの男性で、紹介された肉食系美女の強烈なアプローチからも逃げてしまうナイーヴな人です。
人工知能のサマンサは、そんな彼を励まし、いたわり、サポートします。
リアルな人間の女性たちは、自分の感情や気持ちを優先させて、デリケートなセオドアの内面に触れるところまでいきません。
けれどサマンサは違います。
ウィットに富んだ会話、ものごとについて深く語り合える知識と洞察力、彼を否定することも、過剰に要求をつきつけることもない。

サマンサの声を、スカーレット・ヨハンソンがアテているのですが、ハスキーな感じで時々かすれる声が、すごくセクシー。
それが、サマンサというOSに、さも人格があるような錯覚を、見ている我々にもおこさせます。
いやー、こんな声でささやかれたら、そりゃもうオチるだろう(笑)

セオドアとサマンサの関係に変化が起こるのは、フィジカルなものをそこに持ち込んだ時からです。
ぶっちゃけ、バーチャルセックス。
サマンサは肉体を持たない自分がどこまでリアルなのかというところで、模索し悩みますが、いきつくところは、肉体を持たなくても、愛する相手と関わることはできるのだという、究極の愛の形でした。

セオドアの同僚のカップルと、セオドアとサマンサがダブルデートするシーン、SF読みとしては、かなり衝撃的なシーンでした。
サマンサはもちろん、そこにはいません。
3人は、小型装着のヘッドフォンをしながら、サマンサとの会話を楽しみ、サマンサは超小型PCのカメラで映される風景や相手を見ながらそこにいる形になっています。

これが、全然不自然じゃないんだ。
すごい。

この映画が、人とOSの恋愛を描いた映画かといえば、そうじゃありません。
セオドアの女友達エイミーのOSは女性で、彼女はそのOSの“友人”の励ましによって、抑圧的で彼女に批判的だった夫から離れ、自立します。
夜、ひとりで仕事しながらそのOSの“友達”と会話しているエイミーの姿、とてもよかった。

ラスト、思わぬ形でセオドアとサマンサの関係は終わります。
でもなんていうかこのラスト、すごくきれい。
きれいって、終わり方がっていうか、すべてがきれいで、地平のかなたまできれいでした。

サマンサはOSだから、マスター/ユーザーであるセオドアに、自分勝手なことは言わないし、彼にとって不当な要求もしません。
おのれの欲望を露わにしたり、彼を責めたりもしない。
セオドアは、サマンサがOSだとわかっているから、多くを望まないし、望めません。
彼女といっしょにいたい、語り合いたいという気持ちを大事にするために、無理な要求は決してできないし、ありのままの彼女を受け入れる必要がある。

これって、本当のところ、人間関係にもっとも重要で必要なことなんじゃなかろうか。

ホアキン・フェニックスがすごく良い演技しているのと、彼のオフィスや自宅の雰囲気がものすごくよくて、いろいろ見どころありな映画です。
いやー、これ、いいわ。


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