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アニメとGAMEとマンガな日々
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あの日図書館で泣いた

実家で暮らしていた頃、よく図書館に行ってました。
普段、私はテレビやラジオや音楽が流れている、音のある生活がものすごくだめだったのですが、家族は逆だったので、音がない場所を求めて、図書館に逃げていたって感じ。

歩いて30分くらいのところにある図書館は、大きな窓があり、一番奥の棚の横のその窓枠に座って本を読むのが、とてつもなく幸せな時間でした。

その時、棚にあった全部の著書を読んだのは、ボブ・グリーンです。



90年代、シカゴトリビューンという新聞にコラムを掲載していた、大人気のコラムニストでした。
ボブ・グリーンが描くのは、普通に市井に生きる人たちで、街で彼が見かけた人々、地方の新聞に小さく掲載された記事にとりあげられた人、人づてに聞いたとある小さな出来事に関わる人たちで、有名人でもなければ、ヒーローでもありませんでした。

アメリカでは大人気のプロバスケットボールの試合に、アマチュアの解説者をつけようという企画に、多くのファンが集まって選考会に臨んだというエピソードがあります。
その中に、車椅子の少年がいました。
彼は難病を患っており、その命は短いことがすでにわかっていました。
だいぶ前から不自由になった身体のために、彼はスポーツを楽しんだ経験はありませんでした。
けれど、ずっとバスケットボールが大好きでした。
父親は、高い飛行機代を出せず、十数時間かけて選考会に車で息子を選考会に連れてきました。

結果、彼は最終選考で落ちました。
ボブは、そのふたりが選考会会場から去る姿をコラムに書き、父親が息子に「お前はよくやった」と声をかけるシーンをアメリカ中に伝えました。

私はそれを読んで、人気のない図書館のすみっこで泣きました。
ボブ・グリーンは、少年が自信をもって選考会に臨み、堂々と面接を受け、そして肩を落としながら、しかし誇らしげにそこを去る姿を私に伝えました。
彼らがそこからまた、十数時間かけて帰途につく姿を、ボブは私の脳裏に刻むように表現していました。

そして、このコラムには続きがありました。

コラムを読んだバスケットボールのラジオ番組が、彼を特別解説者として番組に招待したのです。
少年は見事な解説をし、その後、ライフ誌の表紙を飾りました。
ボブは彼に、「どうだい?ライフの表紙になった気分は?」と尋ねると、少年はボブに答えました。

「僕には小さな妹がいる。いっしょに遊んであげることもできなかったし、僕は妹を残して先に死んでしまう。ライフの表紙になったことで、僕は妹の自慢のアニキになれたと思うんだ」

ボブ・グリーンはその後、とあることでスキャンダルにまみれ、消えていきました。
今は、彼の著書を入手するのも難しいです。

私は今、彼がベトナム帰還兵から送られた手紙をまとめた「ホームカミング」という本を、文庫で再発行してくれることを、切願しています。

かつてアメリカで、「ベトナム帰還兵に唾を吐きかけた人がいる」という噂が流れました。
それは果たして本当だったのか?と、ボブ・グリーンは新聞に記事を出し、体験者、あるいはそれを見た人を公募しました。
結果、ものすごく数の手紙が彼のもとに送られてきて、それをまとめたのが「ホームカミング」という本です。

唾を吐きかけられた人、それ以上にひどいことをされた人々は、たくさん存在しました。
足を失って帰国した兵士の車椅子を蹴飛ばして転がし、「赤子殺し」と卵を投げつけた人たちもいました。
それを行った中には、徴兵を逃れてヒッピーになった若者や、カナダに亡命した若者たちが多く含まれていました。

震災以後、今の日本にもそういうことがたくさん起きていると、私は思っています。
自分は高みにいて、関係ない顔をしながら、正義や正しさを武器にして、人々を罵倒し、傷つけている人がたくさんいる。

ボブ・グリーンは本の最後に、こう記しています。

「唾を吐きかけられた人からの手紙は、あとを絶たないが、唾を吐きかけたという人からの手紙は一通もない。
 僕は今でも、唾を吐きかけたあなたからの手紙を待っています。
 正義と正しさのためにやったのなら、あなたは堂々とそれを名乗り出られるはずだから」

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