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ひとりの女が堕ちていく様 ~絶叫



本屋さんで見かけて、面白い本センサーが動いたのですが、ハードカバーで2000円近くしたから、キンドル待ちで読みました。
アマゾンの評見ると、色々すごいことが書いてありますが、大げさな表現抜きでも、徹夜本といってさしつかえないです。

NGO関係者がめった刺しの死体で見つかったのが、最初の事件。
それとはまったく別で、ひとり暮らしの女性の孤独死が発見された事件が並びます。
死体は、ありえないほど悲惨な状態で見つかり、DNA鑑定も難しいとまで言われる。

その死体となった女性、“鈴木陽子”がいったいどのような人物であったかが、この本の本筋です。

普通の家に育ち、ごく普通に育ち、ごく普通に結婚していった“鈴木陽子”の人生のほころびは、その至って普通の生活のあちこちに存在しています。
彼女の身に起きたこと、ひとつひとつは、ひとりの人間の人生においては大きな事件でも、世間ではよく聞く話であり、特別すごいことでも、悲劇的なことでもなければ、異常なことでもない。
だったら、どこが、何が彼女が違っていたのか、という部分に、我々は注目せざるをえません。

彼女が堕ちていく一連の流れは、はっきりいって、どんな女性にも起こりうることです。
だからこそ、恐ろしい。
読んでいて、「自分の身にも起こるかもしれない」と思うと、怖気がたちました。

“鈴木陽子”は、基本的に善良で真面目な人間です。
その彼女を堕としていくのは、父、母、夫、恋人、上司。
つまり、本来ならば、信頼や誠意、尊敬や愛情というものによって繋がるべき人たちです。
しかし、彼女は、そういう人々の無理解、自分勝手、不誠実を、遠ざけることも出来たし、拒絶することもできました。
もちろん、彼らと関わらないという選択もできた。
しかし、彼女は彼らを選び、関わり、情でそれを肯定してしまいます。

さらにいえば、彼女には向上心というものが欠落していました。
自分の在る場所に満足し、その先にあるものに対して、何の不信感ももっていない。
もっとも安易な選択をし、安易な道を選びます。
いわゆる毒親な母からの否定的な扱いによって、自尊心が欠落してしまっているため、自己評価が低く、人の甘い言葉、優しい言葉を安易に信じてしまう。
しかしそれも、本人の意識如何でいかようにもなることです。

もし、彼女の夫が誠実な人だったら、もし彼女が親を見捨てる勇気があったら、彼女を心配する誰かがいたら、あのようなことにはならなかったでしょう。
彼女が最終的に選んだ道は、修羅の道です。
彼女は自分を取り戻す代償として、人との繋がりのすべてを唾棄し、破壊し、二度と手にすることはできなくなりました。

“鈴木陽子”が間違えたのは、信じるべき人、信じるべき言葉だと思いました。
決して馬鹿でも、愚かでもない彼女が最後に信じたのは、自分自身でした。
裏切らないのは自分だけ。
果たして本当にそうなのか。
すでに存在を無くした“鈴木陽子”が信じる自分自身とは何なのか。

悲惨な話ではないと、私は思いました。
現実に、もっと壮絶な話はたくさんあります。
この小説は、「もしかしたら自分もこうなってしまうかもしれない」という怖さがひしひしと残る、それに尽きます。

女性が堕ちていく話なので、当然ですが、“鈴木陽子”は風俗の仕事をする時期があります。
以前、一時的に仕事がなくて、これからどうしようと心底不安にかられたことがありました。
その時、友人だった人の家に、別の友人と泊りがけで遊びにいって、その話が出ました。
そうしたら、家主の友人が、私に向かってこういいました。

「仕事が見つからないとか、そんな愚痴並べてるだけじゃない。風俗で働くくらいの覚悟ないの?そういう覚悟もないのに、不安だとか言うなんて甘えてる。身体売るくらいのこと、考えたらどうなの?」

家主はまもなく結婚することになっており、相手は外資系金融のディーラーで、年収一千万を軽く超える人でした。
風俗で働く必要なんて欠片もないし、そんな事をする日がくることもないでしょう。

私はその日以後、彼女とはいっさい関わっていません。

“鈴木陽子”の人生を、自分にまったく関係ないと思って読む女性がいたら、その人は、お花畑で生きている、努力なしで何の苦労もない人生を歩いている人だろうなと思います。
「ずっとそのままでいけるといいね」と、私は横目で見ながら、そういう人とは関わらない道を行くことでしょう。

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