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アニメとGAMEとマンガな日々
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村岡花子に捧ぐ

朝のドラマで一躍有名になった村岡花子ですが、私には、子供の頃から大事な人でありました。
中学進学の時、母が、赤毛のアンシリーズ全10巻を買ってくれました。
その翻訳者が、村岡花子。
子供心に、日本語訳の素晴らしさを実感し、その後、別の翻訳者でアンシリーズを読んで“違い”を実感しました。
以後、村岡花子の訳書をむさぼるように読んだ十代をすごしました。

アンシリーズの他に、村岡花子は「若草物語」で有名なオルコットや、「そばかすの少年」や「リンバロストの乙女」で有名なポーターの本も訳しています。

村岡花子の訳した少女向け小説には、共通の特徴があります。
どの小説の少女たちも、のびやかではつらつしており、規範にのっとった生き方から逸脱した人生や境遇の中で、少女時代を過ごしています。
時に過酷な運命が彼女たちのもとに訪れても、彼女たちはそれに屈することなく、戦うこともありません。
すっくと立ったまま、その運命と向き合います。

そして、村岡花子の訳した小説には、当たり前に出来あがった恋愛や結婚もありません。
「若草物語」のジョーは、ずっと親友だった幼馴染で恵まれた家庭の青年からの求婚を受けません。
彼は結局、末の妹のエイミーと結婚します。
そばかすは、リンバロストの少女と恋愛には発展しないし、スゥ姉さんは恋人と破局します。

村岡花子の訳がどれほどに素晴らしいかは、自分が英語を使うようになり、翻訳の難しさを知ってからのことです。
英語さえ出来ればなんでもOKと思っている人はたくさんいますが、語学はまず、母国語ありきです。
それがきちんとしていなければ、他言語できちんとした言葉を使うことはできません。
翻訳はさらに、言葉、単語、言い回しを選びます。
そこに書かれたものを的確に表現し、日本語でそれを読む人の想像を喚起させるのは、翻訳者の力量です。
村岡花子の訳は、やさしく、美しいく、そして少女時代の私の心に、美しい島の風景や笑いあう少女たちの姿を、見事に作ってくれました。

ドラマの原作になった著書は、出版されてすぐ読みましたが、村岡花子が近代女性史に深くかかわっていた事を知って、とても驚いたとともに、ある意味、納得しました。
女性の自立、女性としての生き方、有り方を自身にも、社会にも問うた人々、当時厳しく存在していた女性の生き方を、毅然とした態度で打ち破った人たちと深く関わりがあったというのは、村岡花子が訳した本にも表れていると思います。

ドラマは、実際のものとはかなり違った作りになっていて、私はちょっと肌にあわなかったので見ていませんが、それで村岡花子に興味を持ったのなら、ぜひ、彼女の訳した本を読んでほしいなと思います。

「赤毛のアン」シリーズは、シリーズが10冊あるということは、意外に知られていません。
老兄妹にひきとられた赤毛の女の子がその後、どのような人生を生きるのか、どう成長していくのかは、同じ世代を生きる女の子たちには共鳴する部分もたくさんあると思います。

シリーズの中で、私は「アンの娘リラ」が一番好きです。
大事な人を失った時、悲しみというものが、いかに静かにひたひたと寄せるようにして染みていくのか、それがその人の人生をどう染めていくのかを描いていて、それは今でも私の心に残っています。

アンの周辺にいた人々の小さなエピソードを集めた「アンをめぐる人々」「アンの友達」にも、素晴らしい短編がたくさんはいっています。

母に買ってもらった赤毛のアンシリーズは、今でも私の書棚にあります。
永遠の、私の宝物です。





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