orb

アニメとGAMEとマンガな日々
MENU

これは愛の物語 ~チョコレートドーナツ



話題を読んで、上映館を着実に増やしている映画です。

先に見た友人(有名俳優出演が映画の重要なファクターな人)が、「評判すごいけど、たいしたことなかった」と言っていたのですが。

とんでもないよ、号泣だったよ。
劇場じゃなかったら、声あげて泣いてたわ。


物語はいたってシンプル、

麻薬常習者で育児放棄な母親と暮らすダウン症の少年マルコを、オカマのシンガー ルディと、その恋人な検事のポールが引き取ろうとするお話。

しかし舞台は、1979年のアメリカ。
ばりばりにゲイへの差別があった時代です。

明らかに生活破綻している中で暮らしているマルコの母親が逮捕された時点で、見るにみかねたルディはマルコのために手を尽くします。

ルディは、差別も偏見も恐れない。

それにひっぱられるようにして、ポールもルディといっしょにマルコのために力を尽くしますが、ゲイであることが知られて仕事を失います。

差別や偏見は、たいてい“正義”や“正当性”のもとに行われます。
それをする人たちは、絶対的に自分が正しいと信じているし、対象者を徹底的に追い詰める。
たいていの場合、手段を選びません。

本来、マルコを取り巻く人々は、マルコの幸せのために何が一番大事か、何が一番よいかと考えるはず、考えるべき立場にいました。

しかし、裁判官も検事も、マルコのことを考える前に、ルディとポールがゲイであることしか見ていません。
ポールの元上司は、ゲイである彼らの思い通りに事を運ばせないようにするために、法的措置を利用します。
マルコの母は、自分のために、それらを利用する。

マルコのことを考えた人は、ルディやポールの他にもいました。
マルコの学校の先生、家庭調査にあたった年配の女性、そしてルディとポールから依頼を受けた黒人の弁護士。

しかし、彼らがいかに真実を語ろうと、それを証明しようと、すべてはたった一言で否定されます。
「でも、彼らはゲイだから」

そして、その言葉によって、マルコは彼を愛してやまなかったふたりから引き離され、帰るべき家を奪われ、そして人生を破壊されていく。

なんら関係のないダウン症の子供を、ルディがなぜそこまで気にかけたのか。
「彼が背負う運命も、状況も、彼のせいではない。これ以上、彼が苦しんだり、つらい想いをする必要なんかない」

そして、なぜポールが仕事を失ってまで、マルコのために戦ったか。
「太った、知的障害を持つ、麻薬常習者の子供を顧みる人なんか存在しない、僕たち以外は」

彼らにとってマルコは、ディスコダンスの上手な、ドーナツの大好きな、ハッピーエンドのおとぎ話を愛する、礼儀正しい愛すべき少年でした。

アラン・カミングの演技が、もう、素晴らしすぎて言葉にならないほど。

マルコを呼ぶ時、マルコを抱きしめる時、マルコを見つめる時、愛おしくて愛おしくてしかたがないという笑顔を浮かべます。

ルディがマルコを「スィートハート」と呼ぶのがせつなくて、ルディがマルコに「さぁ、手つなごう」というのが愛おしくて、涙が止まりませんでした。

これは、マルコのためにルディとポールが戦う話ではありません。
ゲイであることの過酷さを描いた物語でもありません。

誰かを愛するのに、条件はいらないということ。
誰かを愛する気持ちは、暖かくて、美しいということ。

そういうものが静かに語られる物語でした。

ラスト、ある程度は予想していたけれど、予想通りに、だけどある意味裏切って、この映画は終わります。

いやもうなに。
イスにしがみついて、声あげて泣きそうになったよ。

アラン・カミングの歌が素晴らしくて、ダウンロードしました。
それ聞きながらこれ書いてて、思い出してまた泣いてます。
ここまで泣いた映画は久しぶり。

上映館数どんどん増えているので、見れるようだったらぜひとも見ていただきたい。


拍手コメントのお返事:

豆豆さん:

シェリフもよかったですよね。
あの人柄に、ふたりがひきこまれていくのがよくわかりました。
ああいう人といっしょに仕事できたら。。。と、私も思います。
スポンサーサイト
該当の記事は見つかりませんでした。

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://orbyano.blog75.fc2.com/tb.php/4018-1bb2ef61