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誰が“悪人”なのか? ~悪人



話題作で、映画にもなった小説、今更ながら読みました。

映画の予告見て、うっかり殺人を犯してしまった男と、彼とたまたま関わった女の逃避行劇かと思っていたら、全然違ってました。

物語は、保険外交員の若い女性の殺された遺体が見つかったというのがキィで、それに関わる人々を描いた物語です。
推理小説ではありません。

人間それぞれ、どういう人かを語るには、単純にはいきません。
一面だけでは語れないし、相手によっても変わる。
そして、本心や本性は、本人にすらわからないことがある。

この小説の鍵となる殺された女性は、地方出身で都会にあこがれ、ステイタスやブランドにあこがれて上昇志向のある、ある意味、要領よく立ち回っている女の子です。
それなりに男受けする容姿で、人の気をそらさないソツない性格ですが、出会い系サイトで知り合った男相手に売春まがいのこともしている。

父親は、そんな娘のすべてを知らないまま、かわいかった、愛らしい、清純なはずの娘の死に打ちのめされます。

彼女の死のきっかけとなった大学生は、老舗旅館の息子で眉目秀麗、外車を乗り回し、人生を謳歌して、人々の中心にいつもいますが、薄情で、人を人とも思っていません。

その男の親しい友人は、そんな彼の本性を知りながらも、事件に対する彼の言動に怖気を覚えます。

彼女を殺した男は、彼女とネットで知り合い関係を持っていましたが、人との関わりに薄く、人づきあいもうまくありません。
本来は、情の深いやさしい人間であることは、他の人の口から語られますが、ひじょうにわかりにくい。
彼女を殺したのも、実は、彼女を助けようとした時に思わぬ事態になった事で、うっかり手にかけてしまった感じ。

その男と逃避行することになる女性は、やはり出会い系で彼と知り合い、関係を持ち、あまりにも平凡に平坦に何もないままきてしまった自分の人生が、彼との出会いと関わりに大きく動くのを感じて、激情に身をゆだねていきます。

タイトルは「悪人」ですが、ここで誰を悪人とするかは、はっきりいってわかりません。

人として最低なのは、明らかに大学生ですが、彼は犯罪を犯したわけではありません。
被害者の父親は、その彼に殺意を抱きますが、最終的に「殺す価値もない」と判断します。
彼の友人は、すべてを見つめつつ、彼の言動に寒気をおぼえつつも、自分はなにもしません。

殺された女性は、物語上、誰もがまったくもって好きになれない、ビッチな女の子として描かれています。
しかしよく考えてみると、彼女がやっていること、考えている事は、ごく普通にそこら巷で同じことをやっている女の子なんてごまんといて、彼女自身が意図的に誰かを傷つけるとか陥れるとか、したわけではない。

さらに、彼女を殺した男の性格の複雑さが、この物語を大きく左右してきます。

最後を読んで、思わず「は???」となりました。

私は、自分から幸せになろうとしない人は、正直、好きではありません。
どういう形にしろ、幸せになろうと願うのが、人としての本当のありかただと思うし、それに対する考え方や行動がおかしな方向にいったとしても、それは人としてあるべき形と思っています。

なので、この小説に最終的に描かれたものについては、「アホか」と思いました。

これを自己犠牲という表現の仕方もあるかもしれませんが、これは自己犠牲ではないと、私は思います。

その人のとった言動で、確かに救われる人は確実にいますが、それは本当の意味での救済ではないし、誰もそんなことは望んではいない。

人は時に間違いを犯し、思ってもみなかった結果に打ちのめされたり、あがなうことの出来ないものを背負ったりしますが、それを違う人間が、不幸せ、過ち、失敗と判断して、なかったことにしてしまう、あるいは事実と違うことにしてしまうのは、まったくもって大きなお世話としか言いようがありません。

これをした人間の対極にいるのが、世間から糾弾されることになった犯人の祖母の声をかけるバスの運転手です。

本当の意味での善意、あるいは救いというのは、嘘で固めることでもないし、誰かがひとりで背負えば済むとかいうことでもない。

そういう意味で言えば、私はこの小説は好きにはなれませんでした。

ただ、複雑な人間を描いた物語、悪人と人が呼ぶものの正体は何なのかを考えるという事においては、すごい小説と思います。


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