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少女たちの願いはかなわない~まどマギ映画総括感想

映画前編、後編、新作、見ました。
なので総括感想、ネタばれあり。

まどマギは、魔法少女を夢見て育ったすべて女の子、かつて女の子だった人たちの願いや想いをすべて粉々に砕いた最高の作品と思います。

男の子のアニメの主人公が願うのは、敵を倒す事や正義のための勝利ですが、女の子の願いは違います。
平和になりますように、みんなが笑顔でいられますように、好きな人とうまくいきますようにとか、いたって抽象的な、あるいは個人的なものになる。

まどマギは、そういう女の子たちの願いがかなえられた後、矛盾と厳しい現実に自己崩壊していく様を描いていて、その結果、彼女たちは呪詛をとなえ、呪いを撒き散らす魔女(つまり敵)に変貌していくという物語になっていました。

事故で死に掛けた自分を救うために魔法少女になったマミさんは例外として、杏子は父親の名誉回復のために、さやかは事故で不具になった好きな男の子の回復のために、ほむらは大好きな友達の命を救うために、魔法少女になります。

物語の中で杏子が、「かなえる願いというのは、自分の命をさしだすしかないくらい、つらい、苦しい、厳しい状況を対価に持つ人にしかない」と言っていますが、さやかも「幸せに生きている女の子には、命をさしだしてまでいいと思えるものはないはず」と言ってます。

すっかり大人な私には、そう思える彼女たちの気持ちはとても潔白で、清いものと思います。
現実にいる女の子、女性の多くは、おのれの欲望に忠実で、自己犠牲なんて考えてません。
自分の命を差し出すどころか、他人を踏み台にしてもおのれの願いをかなえようとする人はとても多い。

だからこそ、この物語はとても心を打ちます。

好きな男の子が再びバイオリンが弾けるようになるのを願ったさやかは、彼のために命を懸けた彼女のことなんかまったく知らないその男の子が、自分の親友とつきあうことになった現実に自己崩壊して、魔女になってしまいます。

さやかはずっとその男の子に片思いをしていて、一生懸命でしたが、彼にとってさやかはまったくもってどーでもいい存在でしかなかった。
彼女はそれを認められるほど大人じゃなくて、それを憎しみにすりかえるほど汚れてもいなかった。
男の子を憎むことも、親友を妬むことも出来ずに、自分を犠牲にしてまで願ったものが、自分を幸せにするどころか、無残な運命を選ぶ事になってしまった事実に打ちのめされていきます。

彼女は、願い方を間違えた。
おのれの欲望に正直に、「彼と恋人になりたい、自分と彼は永遠に愛で結ばれる」と願えばよかった。
でも、そんなことできないくらい、さやかは素直で純粋だったわけで、その結果、彼女は壊れてしまう。

この物語では、すべての魔法少女は最後にはすべてを呪わずにはいられない魔女になってしまいます。
魔法は、彼女たちの願いや欲望をかなえるもの、戦うためにあるもの。
それはまるで、女の子が女性へと変貌していくのをトレースしているかのようにも感じます。

かつては清らかで夢いっぱいだった女の子たちが、現実を知ることで痛みや苦しみを知り、妬みや嫉妬を覚え、欲望や欲求にまみれていく。
それはもしかしたら、少女の頃に夢みたものが、現実に打ち壊されていくから、、、かもしれません。

まどかがすべてを超えた存在になれるのは、彼女が家族や友人に恵まれ、愛される人生をおくり、憎しみや妬みを自分の中に抱える必要がなかったからだと思います。
だから現実を知っても、彼女は深い悲しみに苦しみ、すべての魔法少女のために涙します。

逆に言えば、ほむらが最後にとった選択は、いたって自分勝手で自己欺瞞に満ちています。

彼女は、まどかのために全てをなげうち、すべてを犠牲にしました。
けれど物語の中でただの一度も、真実をまどかに告げていません。
魔法少女になることが、結果としてどうなるかを告げないのは、つまり、まどか自身に何も選択させていないということになります。

最新作映画で、ほむらはまどかの幸せのために、自ら、まどかの“敵”となる道を選んでいますが、その時ですら、彼女はまどかに、彼女自身の気持ちを聞くことはしていません。
あくまでも、自分がそう思ったから。。。。で判断し、決め付けるだけ。

これも、“女”にはよくあることだよなぁ。。。と、見ていて思いました。

個人的に、女の子は大事に大事に、愛されて育つのがいいと思っています。
でも、現実はそう簡単にはいかないし、愛情豊かに育っても、心豊かに優しい女性になるとは限らない。

セーラームーンは、友達にも恵まれ、誰からも愛され、絵に描いたようなすてきなボーイフレンドもいて、本当はお姫様な女の子が主人公でした。

まどマギには、そんな夢物語はまったくありません。
だからこそ、まどかがすべての魔法少女の魂を救うシーンは本当に泣けます。

乙女ゲームの感想を某所で書いた時、「女は、男に大事にしてもらって、守ってもらってナンボで価値が決まる」と反論されたことがありますが、普通に会話に恋愛話が出た時にも、そういうことを言う人は必ずいます。
守ってもらう事に価値や意義があるという人は、自分にそれだけの価値があるといいたのだと、大人になってからわかりました。

けれど、本当に大事なものが、自分で守るしかないし、守るためには、時には戦うしかない。
どれだけ苦しみ、痛みや傷を抱えようとも、たったひとりになろうとも、その大事なもののために戦わなければならない。

けれど、現実の世界では、そういう人達のソウルジェムは黒くにごることはありません。

新作の映画は、まどかによってもたらされた魔法少女たちの魂の昇華は失われてしまいました。
彼女たちはみな、ほむらの作った世界に閉じ込められ、彼女が選んだ、限定された作り物の幸せを享受する結末を迎えます。

それは、不幸ではないけれど、本当の幸せじゃない。

自分を犠牲にしてもかなえたい願いをもって魔法少女になった女の子たちが、果たしてそのまま、あの世界で生きていくだろうかと考えると、それは否、としか思えません。

ってことで、たぶんあのアニメには続編があるんだろうなぁと。
でも、個人的には、テレビの結末で完結してほしかったです。

大人になっても魔女にはならずにすんでいるわたくしとしましては、魔法少女な女の子たちにぜひとも伝えたいんだが。

誰かの幸せを心から願う人は、憎しみも絶望も失意も乗り越えることができるし、思っていたとおりにはならないかもしれないけれど、それはちゃんと自分にも返ってくるんだよ。

あと、さやか。
あの男子は、誰から見ても最低だし、自分勝手な嫌なやつです。
恋は盲目で、たったひとつの願いを彼のためにしてしまうほどに、あなたは純粋で子供でしたが、愚かでも馬鹿でもありません。
ただ、もうちょっと大人になれば、彼の本当の姿を見る事も出来ただろうし、世の中にはもっとすてきな人がたくさんいて、あなたを大事にしてくれる人に出会うことだってちゃんとあったはず。
だから、絶望するには早かった。

おねーちゃんはそう思うんだよ。



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