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アニメとGAMEとマンガな日々
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恋とはケミストリーなので~脳内ポイズンベリー新刊



好きって形にも色々あるよねって、水城せとなを読むと必ず思います。

ぶっちゃけ、恋愛ってのはそもそもものすごく自意識過剰で、ものすごく利己的で、ものすごく主観的なもので、その出方とか表現の仕方とかは、その人の性格や資質によって全然違ってくる。

このマンガは、その部分を脳内にいる人たちの会議形式で語らせるって、面白い趣向の物語です。

この主人公が“つきあってる”と思ってる男は、どっからどうみてもいい加減だし、誠意ないし、自分勝手。

でも、「なんでそんな男、好きなのよ?」って質問は、彼女にとっては愚問です。
それに理由があるのなら、誰も苦労はしない。

第三者の読者な私から見ると、彼女は、幸せになりたいって考えとは裏腹に、刺激とか危うさとか、そういうものに惹かれるようなので、彼女がなんで?って思っても、穏やかに恋愛なんてないだろうなって思います。
ああいう男を好きになって、「でもやっぱり彼は私のことが好きなんだよね」とか「やっぱり私は彼が好きなんだよね」ってなるのは、もうただの癖。
ただの嗜好なので、どうしようもない(笑)

メガネ男子のアプローチの仕方は、たぶんこういう種類の女性には訴求しないでしょう。
彼女が求めてるのは、安心とか誠意じゃないし。

だいたい、「結婚できる女性がいいから、君が好きになった」みたいなこと言われて喜ぶ女は、普通はいないと思われ(笑)

恋愛のエゴな部分を描くのは、おかざき真里もとても上手ですが、個人的には、おかざき真里の描く女性も、水城せとなが描く女性も、まったくもって好きじゃありません。
むしろ、嫌いな方。
実際にいたら、絶対に関わらないと思います。

ただ、このふたりの描く女性陣には明らかな違いがあって、おかざき真里の描く女性は、まさに男に溺れる、恋愛に耽溺する感じで、人生の柱は男とセックスとメスと恋って感じがしますが、水城せとなが描く女性は、自分の感情を上手く消化できず、コントロールできないまま、自分で自分を翻弄してしまうとか、計算したけど計算通りには全然いかなくて、おたおたするタイプの女性が多いような気がします。

どっちもどっちで、実際にいたら、かなりタチ悪いんですが、個人的には、打算や計算しようとして失敗、自滅しそうになって、悶々と悩んだり、あるいは天然すぎてわけわかんないことになってる水城せとなの描く女性の方が、まだ面白いと感じることが出来ます。

私は、「好き」という気持ちに脚色演出、言い訳する種類の人間は、男も女も好きではないし、そういう自分の感情に素直になれない人は、他人の感情に対しても素直な受け止め方はしないと思っているので、水城せとなのマンガに出て来る男女については、「めんどくせーなー(笑)」という気持ちで見てたりします。

はっきりいえるのは、おかざき真里も水城せとなも、とても上手い作家さんで、絵はもちろんですが、物語も展開も予断許さない見事な話になっていくので、読むのは大好きです。

あくまでも、マンガとして読むのはね(笑)

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