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日本人であること ~終戦のエンペラー



絶対に見たかった映画でした。

見てよかった。
映画館じゃなかったら、声あげて泣いてました。

降伏した日本にきたマッカーサーが、天皇の戦争責任を問うべきか否か、その調査をフェラーズ准将に命じます。
その期間は10日。

長い歴史と特異な伝統、慣習に鉄壁の守りを築く皇居に、アメリカ軍の誰ひとり、門の中にはいることはできません。
さらに、関係者に会うことすらままならない。

陛下のためにと、それこそ命を賭して特攻をかけるまでだった日本人の心情を、アメリカ人は理解することは到底出来ず、むしろ天皇がそれを国民に指示したからこその証と捉えます。

調査にあたったフェラーズ准将は、アメリカ留学していた日本女性と恋愛関係にあった過去があり、彼女を通じて日本という国を知ろうとし、理解しようとしてきた人でした。

その彼をもってしても、“天皇”という人物を、その人を中心とする人々の心の内を知ることは不可能な中、天皇を戦犯として裁くかどうかの判断をせまられていきます。

私はこの、終戦にまつわる陛下(私は天皇陛下を尊敬しているのでそう呼びます)のとられた言動について、書物や人からの話で色々聞いていたので、映画でそれを知ったというわけではありません。
第二次大戦に対し、陛下がどのようなお考えでいらしたかは、実は多くの書物や記録から知ることができます。
現人神として、絶対的な存在でありながら、当時の陛下のお立場は、軍事政権によって傀儡として利用されている部分が大きかったのは事実と思います。
ただ、あの時の世界情勢を省みれば、何もせずにおれば、強国にあっという間に蹂躙される可能性もあったというのも事実でしょう。
映画にもある陛下のあの言葉は、そのお人柄を知るには十分で、さらに陛下がどれほどに国民のことを想われていたかがわかります。

この映画は、日本人でも知る人が少ないその事実を知らせるための物語ではなく、日本人という国民の特殊性を描きつつ、その内にある強さ、美しさ、気高さを描いている物語でした。

なぜ天皇をそこまでして人々は守ろうとするのか。
焦点はそこです。

日本が敗戦国になったのに、植民地にもならず、占領された国にもならなかったのはなぜか。
その理由も、この映画は描いていました。

感想をいくつか読みましたが、昭和天皇への戦争責任を問う人もけっこういて驚きました。
キミタチ、モウ、ニホンジン ジャ ナイネ。
そういう人たちは、あの最後の陛下のお言葉に、何を感じるでしょう?

ハリウッドで作られた映画ですが、プロデューサーは日本人です。

心撃ちぬかれた部分。

フェラーズ准将が皇宮警察に陛下側近と直接あわせろと言い放つシーン、運転手兼通訳の高橋がそれを、陛下と側近に対する伝統的な敬語に言い換え、内容を改ざんして最上級の礼をもって尽くした言葉に変えて通訳したところ。
これこそが通訳!!と思いました。

そして、鹿島司令官がフェラーズを仏前につれていくところ。
フェローズが会った頃、少年だった司令官のふたりの息子が、海軍と特攻隊でそれぞれ亡くなっていたことがわかる写真。

さらに最後、陛下がマッカーサーと同席されるシーン。
映画の中で陛下が言われた言葉は実際あった言葉で、それを聞いたマッカーサーが日本という国、天皇という人物を理解してその後の政策を考えるに至ったという史実があります。

いやまじ、そこで大声あげて泣きそうになった。

みんな簡単に戦犯って言うけれど、当時の人々の置かれた状況、気持ち、世界情勢とか考えてない、知らないで無責任に言ってるのはまるわかり。

ずっと戦争を止めようとしていた人、反対していた人、あるいはなんとか回避しようとしていた人の中にも、「戦争を止めることができなかった」と自ら戦犯として処刑された人もいるし、釈明しないで汚名をきることになった人もいます。

戦争に関わった人だから戦犯!って、だったらあの時に日本国民全員が戦犯です。
いや、世界中の人が戦犯といえるでしょう。

安易に誰かに責任をかぶせておいて、実際そこで何があったか、何が起きていたか、関わった人々が何を考え苦悩していたかを知らずにいるのは、愚かであるというより悪質なことと思います。

心に残る、とても良い映画でした。
日本の素晴らしさ、日本人のよさを、あらためて感じる映画だった。

日本人でよかったって思える映画でした


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