orb

アニメとGAMEとマンガな日々
MENU

言葉にされることだけが真実ではない~ダウト



1960年代のブルックリンにあるカソリックの私立学校を舞台にした、人間のモラルや心を描いた作品です。
アカデミー賞にも多数ノミネートされており、演技の素晴らしさ、すごさは一見の価値あり。

以下、ネタばれあり。
隠さないで感想です。




メリル・ストリープ演じるアロイシス校長は、厳格なシスターでもあり、教育者でもあります。
生徒から恐れられ、畏怖される彼女は、誰に対しても容赦ない厳しい態度で臨みます。

対してフリン神父は、誰に対しても鷹揚で親しみやすく、みんなから好かれています。

そのフリン神父が、ひとりの生徒といかがわしき関係があるのではないかという疑惑が、この映画の主軸です。

生徒は12歳、学校はじまって以来初めての黒人の生徒。
真面目で勉強も普通にしています。

疑惑は、微妙なほつれのように、わかりにくく、見えにくく、そして確証も証拠もないままです。
たったひとつそこにあるのは、アロイシス校長の確固たる“疑念”だけ。
しかし、アロイシス校長ははっきりと言葉にします。

「私は人間というものをわかっている」

色々感想を読んでみましたが、その多くは、「結局真偽のほどはわからないままで、宙ぶらりん」というものでしたが、真実はしっかりと描かれています。
どういう形にしろ、フリン神父はダニエルと某かの性的な関わりがあり、過去にも同じような事を起こしていたのは事実です。

しかし、映画はそれをわかりやすくは描いていません。

ダニエルを心配し、配慮している、家庭の問題を抱えていると言いながら、フリン神父はダニエルの家族と個人的に会ったことも、言葉を交わしたこともありません。
また、告解についてのタブーも、保身のために一部漏らしています。
アロイシス校長との言い合いの展開も、追い込まれた時点で、権力(立場)を利用した攻めに転じています。
最終的に、アロイシス校長を虚偽で糾弾せず、自分から転任していったのも、事実を認めざるをえなかったからに他なりません。

しかしこの映画は、その部分をテーマにしているわけでもなく、それがメインの話しでもありません。

ダニエルと不適切な関わりがあったからといって、フリン神父がダニエルをただ性的な相手として都合よく利用していたわけではないことは、見ていてわかります。
ダニエルはゲイで、しかも黒人、60年代のアメリカでこれは、死にも値する状況でした。
フリン神父の配慮や気持ちがなければ、ダニエルは想像を超えるつらい経験をすることになったやもしれません。

また、フリン神父が他の人々に見せる思いやりや優しさ、誠意は、決して嘘のものではないことも、見ている我々にはわかります。

それはアロイシス校長にもいえます。

厳しく、冷たく、容赦ない彼女ですが、目の不自由な老いたシスターへの配慮や思いやりの細やかさ、ダニエルへへの心配の仕方など、ひじょうにわかりにくいながらも、その懐の深さ、底知れぬ優しさがわかります。
仕事へ戻らなければというダニエルの母のために、寒空の中、歩いて話しましょうともちかけるシーン、アロイシス校長の優しさは、相手を思い遣るあまりに、逆に見えにくいわかりにくいものであることがわかります。

それは当然、生徒たちへの態度も同じ。
そして、ダニエルへの心配も、同じものです。

しかし事実は、ひじょうに難しく、デリケートで、そしてどうしようもないものでした。

ゲイであるダニエルは、当時では社会的に唾棄されてしかるべき存在です。
12歳で将来もあり、そして思春期を迎える難しい時期の彼に、庇護者は必要で、さらに彼を導く大人の存在は重要です。
しかし、だからといって、12歳の少年に性的関係を理解するのは、いかにせん早すぎます。
その良し悪しの判断もまだつく年齢ではありません。

アロイシス校長が一番懸念したのはその部分であり、それはつまりは、校長にとっては、ダニエルが黒人であることもゲイであることも関係なく、ひとりの子供、ひとりの生徒しての存在であることがわかります。
つまり、彼女は誰に対しても平等で、公平で、そして大事な生徒であることに変わりないという事実がはっきりとします。

しかし、ダニエルの母親は、それを真っ向から否定します。

誰でもいい。
自分の息子を理解し、優しくし、しかるべき将来へ導いてくれるのなら、そこにそういったいかがわしき関係が存在したとしても、それが必要であることにかわりはない。

人にはそれぞれ事情があり、人には言えぬ秘密があり、理解されることのない暗闇や痛みを持っています。
わかりやすいものは、実は虚偽にあふれ、見えにくい真実に人が目を向けること、理解することは難しい。

シスタージェームズに向かって、アロイシス校長が言います。

「神の名のもとに行動することは、時に神から遠ざかることもある」

アロイシス校長が最後に涙をこぼすのは、私は、あるべき真実、あるべき正しさ、そして本当の優しさを求める道を進もうとすればするほど、人間の汚さ、愚かさ、冷たさを知ることとなり、結果として、「誰に対しても疑念を持つことになってしまう」という悲劇を感じました。

それがまさに、タイトルの「ダウト」であり、アロイシス校長が泣きながら残した言葉になっていると感じました。

スポンサーサイト

該当の記事は見つかりませんでした。

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://orbyano.blog75.fc2.com/tb.php/3835-5b5a1fc8