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家族に絆はあるのか? ~桜ほうさら



宮部みゆきの江戸物小説、好きです。

奇をてらった設定もなく、あくまでも人と人との関わりを情緒豊かに描く、どちらかといえば人情ものに近い物語。
「いつも同じ」という人もでてきていますが、私はむしろ宮部みゆきの江戸物小説には、その“同じ”姿勢に安心して読んでいます。

小藩の小納戸役だった父が、策謀にはまって自害して果て、お家御取り潰しになった古橋家の次男笙之介は、贔屓の長男のためにお家再興を目論み、笙之介を江戸に送ります。

かつて美貌うたわれ、権高い母は、麒麟児と呼ばれる兄を特別に扱い、父親に似て目だったところのないやさしい次男の笙之介を軽んじています。
当然、兄も弟を軽んじている。

父の汚名を晴らすことよりも、己が要望を通すためだけに奔走する母と兄を見て懊悩する笙之介だけが、父の無実を信じ、いつか汚名を晴らそうと心に秘めていますが、所詮は力をもたない若輩者。
江戸で写本を生業としながら、色々な人と関わる中で、事件は思わぬ方向へと向かっていくことになります。

血のつながった親子だから、兄弟だからといって、理解しあい、支えあうことが当然なわけではありません。
むしろ、血のつながった家族だからこそ、憎み、理解することができず、存在を疎むこともあります。

この物語は、人間の優しい側面から事態を描いていますが、これが逆だったら、とてつもなく嫌らしい、気分の悪い物語になるはず。
つまり、我々はそのどちらの側面の人間なのか?という問いが、この本にはあります。

笙之介が経験した事は、悲惨で哀しく、救いのないものです。
彼が負った傷は、永遠に癒えることはないでしょう。

けれども、この事件で彼を救ったのは、隣人であり、友であり、先輩であり、仕事仲間であり、そして上司にあたる人物であったりします。

彼らに、笙之介の負ったものを背負う義務はなく、責任もありません。

けれど、彼らは笙之介のためにそれを負い、時に泣き、時に励まし、命を救ってくれます。

宮部みゆきすごい。。。と思うのは、ここ!って時に笙之介の脳裏に浮かぶのが、たまたま偶然関わることになった老人の姿と言葉だったという所。

たまさか関わりがあり、これも縁と、笙之介が力になったその老人が残した言葉、決断、態度が、笙之介の人生を救います。

一瞬の関わりでも、それは神が用意したものだと、本当に思えるその一文。

うっかり泣きました。

人間にはどうしようもない業というものがあります。

驕った人間は、業を暗く黒いものにしていくだけですが、誠実な人間はそれを背負いながら、苦悩しながら、光に手をのばす。

救われなかった人々が多いこの小説、最後に笙之介に残された光が何なのか、それが読んでいる我々にも光になる。。。そんな物語でした。

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