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アニメとGAMEとマンガな日々
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そしてレプリカントは・・・ ~ブレードランナー2049

「ブレードランナー2049」観ました。
アメリカでは賛否両論だそうで。
はっきりいって、アベンジャーズとかトランスフォーマーが大好き!とか、そういうのをSFって思ってる人にはまったく面白くいないだろうし、お勧めもしません。
もともとわかりやすい話じゃないし、前作も公開当時はさほどに注目を集めなかったし、BGMのCDが発売されたのも10年後だそうなんで、万人に受ける映画じゃないって前提。

主人公は違いますが、物語は前作につながっています。
前作でレプリカントを製造していたタイレル社はその後倒産、その技術を買ったウォレス社が、人間に絶対に忠実な新しいレプリカントを製造する世界、その新しい型番のレプリカントKは警察で、旧式のレプリカント(タイレル社製造)を解任(殺害破壊)する仕事についていました。
過酷な僻地で農業を営んでいたレプリカントを解任した後、そこに埋葬されていた者が、出産経験のあるレプリカントのものと判明、Kはその”人物”をつきとめ、解任する任務を与えられます。

ウォレス社の社長は、レプリカントによる妊娠出産によって、さらなる労働力を”生産”しやすくなるという考えをもっています。
しかし、警察側は、レプリカントの妊娠出産を、人類の脅威とみなします。
生まれた子供を追うKはレプリカントで、厳重な警察のテストにも異常はみられませんが、その反面、ホログラムの女性を愛し、”子供”を追う中で葛藤を持つようになります。
Kに解任される農夫、製造されたばかりでウォレスに殺される新型、娼婦の仕事に従事するレプリカント、そしてKが愛するホログラムと、登場する”人造人間”たちはみな、感情豊かで心を持ち、人間となんら違いを感じません。
「魂がない」
人間もレプリカントも、違いをそう表現します。
では、その魂とはいったい何か。
どういう形をし、どういう存在で、どういう物質なのかという部分、人間もレプリカントも説明はできない。
それがいったい何なのか、誰も知りません。

その部分、攻殻機動隊で”ゴースト”と称されていたものと一致します。
それは物理的には存在せず、あくまでも概念でしかない。
我々が当たり前のように持つその概念は、いったいどこからきたものなのか、何に由来するものなのか、誰も知らない、わからないまま、私たちはそこに境界線を持ちます。
これはいったい何なのか。

この部分、日本人は、他に例を見ない特殊な文化を持つ民族と思います。
我々は、八百万の神の存在を、文化習慣思想の中に普通に持っていきています。
木や花、動物にも魂や心を感じ、それは古い建物や仏像、人形、あるいは鏡や機械、乗り物にも感じる民族です。
ルンバやペッパー君に、当たり前のように人格や愛情を持つ我々日本人の「ブレードランナー」に対する見方、感じ方は、欧米人のそれは明らかに一線画すと思います。

監督したのは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。
前作のイメージを損なわず、さらにはヴィルヌーヴらしい演出や映像が満載の映画でした。
情感たっぷりで詩的ですが、容赦ない表現をしてくるので、美しい絵の中に強烈なインパクトがあります。

ずっと無表情だったKが、最後に一瞬だけ、笑顔を見せます。
ネオンきらめく街を見下ろしながら、自身の存在を問いながら絶命した前作のバッディ、ルドガー・ハウアーに対し、「ブレードランナー2049」のK、ライアン・ゴスリングが見せるこの映画の最後は、とても静かなものでした。

前作から今作につながる間に、短編映画が3作YouTubeで公開されています。
先にこれを見るようにという人も多いようですが、私は後に観た方がいいかなと思いました。
本編見た後、この3本を見ることで、さらに深みが増し、あらためていろいろ考えるきっかけになりました。
映画は3時間という長さですが、あっという間でした。




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CoD CM

CoD新作のCMです。
このシリーズのCMは、ほんとにいいよね。
大好きです。

出自も性別も背景も世界も言語も宗教も住んでいる場所も年齢も、まったく関係ない人々がチームを組んで戦うって、それをすごくすてきに描いています。

今期視聴アニメ

久しぶりなアニメ話。

今期は、おそ松さん、宝石の国、血海戦線を録画視聴しています。
3月のライオン、どうしようかなって思ったんですが、結局見ない方向に。
あくまでも個人的な好みの問題で、ひとつは情感ありすぎて私にはうっとうしいレベルになってるのと、原作をそのまますぎて、アニメで見る意義をあまり感じないのがあります。
羽海野さんの作品は、「はちみつとクローバー」でも同じでした。
1期は途中までみていましたが、すごくレベル高い出来のアニメと思ってます。

おそ松さんは、初回から酷い話で(褒めてる)、やってくれるな!と思いました。

前期、思わぬ発掘だったのが、「刀剣乱舞」でした。
その前のは、男がきゃいきゃいうふふしすぎて、そもそもキャラを知らない私にはあまりに意味がふめーで1回目で見なくなってしまったのですが、今回のはまったき剣劇で、キャラを知らない私でも楽しめました。
みんながおじーちゃんって呼んでるらしいキャラの剣さばきが、あまりに美しくてうっとりした(笑)

そういえば先日、運慶展見た後、本館まわったら、なんかすごい人だかりがしておりまして。
なんぞ?と思ったら、刀の展示に列ができてました。
女性列で、みんな写真撮ってて、係りの人が「お一人様、1枚でお願いします」とか言ってたのですが、あれ、きっととうらぶでしょう。
すごく違和感があったのは、みなさん、それしか見ないで、写真撮ったら他はガン無視で帰っちゃうんですよね。
まぁ、擬人化されていないけど、他の刀もみていってあげてくださいよ。。。と思いました。
ちょっと冷たい考えですが、萌えは萌えなので、終息する日はいつか来ます。
その時、買ったグッズも写真も、全部ただのごみか地層、あるいは過去の遺跡になっちゃう。
それはもう、オタクの常なんでいいんですが、その中で何人かは、刀ラブとして残るかもしれません。
とうらぶがきっかけで、刀に目覚め、歴史とか掘り下げていってます・・・みたいな人がたくさん現れるといいな。

すさまじき知的戦闘 ~女神の見せざる手



欧米では、賛否両論だそうです。
私は、俄然推します。
すごい映画でした。

無敵のロビーイスト エリザべス・スローン。
銃所持支持を広げ、法的にもそれを推していきたい大物が、スローンにロビー活動を依頼してきます。
しかし彼女は、鼻先でそれを断ります。
仕事を請けなければクビだという会社を去ったスローンは、銃規制を支持するロビー活動を行う会社にはいり、明らかに不利な状況の中、圧倒的なパワーと能力でその状況をひっくりかえします。
しかし、敵となった元会社と依頼主は、彼女のすべてを洗い出し、違法行為を晒すために彼女を聴聞会へ召還することに成功します。
それは、すべてお膳立てされた、彼女をつぶすための聴聞会でした。
けれど、その聴聞会で、人々は予想もしていなかった展開を見ることになります。

スローンは、自分の戦略を誰にも明かしません。
つまるところ、誰も信じていない。
どこでもれるかわからないし、どこでほころびが出来るかわからない。
ともに働く人たちは、結果として裏切られることにもなるし、だまされたということにもなりますが、敵となった相手にとっては、そんな生易しい事態をはるかに超えた、大きなダメージを与えることになります。
利用できるものはするし、踏み台になるものは踏みつけにする。
その結果、思わぬ事態を起こし、ひとりの女性が命を危険にさらすことになります。

しかし、映画を見終わった後、彼女は血も涙もない、誰も信頼、信用しない、勝利のためだけになんでもする人だったのかというと、いや、そうじゃなかった、まったくそうじゃないとなります。
彼女は、銃規制のために、それこそ自分の身を犠牲にして活動します。
それこそ、すべてを投げ出して、ロビー活動をします。
そして、人としての信頼や信用がなければ絶対に叶わないある戦略を、彼女はしいています。
それこそがジョーカー、切り札となって、見ている我々も驚くような形で使われます。
それが出た瞬間、私、思わず口をおさえて、呆然としました。
すごいです。
見事です。

そして、彼女はお金で動いていません。
それもラストではっきりと示されます。
だったら彼女は何のために、あそこまでのことをしているのか。
勝利の美酒に酔うためなのか?
恐らくはそうではないでしょう。
彼女は、恐らく誰にも理解できない、彼女の信念に基づいて戦っていると思います。

キィパーソンは3人。
彼女に離反して、敵となった会社側に残った元アシスタント。
新会社の有能なアシスタント。
そして、彼女が金で買っていた男。
彼女ら、彼らは、スローンと親しいわけでもないし、ある意味彼女に利用されているし、ぞんざいに扱われています。
しかし、そこには、絶対的な信頼と信用がありました。
普通にはない、誰にも理解できない、スローンと彼らだけにしか存在しえない、起こりえない信頼関係です。

ひとつだけ、ネタばれですが。

彼女が金で買っていた男、はっきりいってチャラかったです。
しかし彼は、映画の中で唯一、スローンが弱さをさらけ出したのを見た人物です。
彼は聴聞会に召還され、スローンを潰すための材料に使われます。
しかし彼は、「スローンとの関係に売春行為があったか」という問いに、「いいえ」と答えます。
「ホテルのスタッフが数名、あなたが彼女の部屋にはいっていくのを見ている」と言われても、彼は「売春行為はありません」と応える。
聴聞会は、そこに召還された際、真実を言うことを宣誓します。
虚偽を延べれば、重罰に処れる。
彼はそこで、”嘘”をつきました。
しかし聴聞会側は、「お前は嘘を言ってるだろう」とはいえないのです。
彼は、客のプライバシーを守るという職務上のルールを、徹底的に貫きました。
それは、形こそ違えど、その仕事のプロとして、スローンに通じるものがあります。

とにかく台詞量が多いです。
あと、内容が政治的なので、そもそも日本語でも難解で、そんなの英語でわかるわけもなく。
アメリカの政治とか銃に対する考え、規制派と肯定派の戦いがどういうものかなど、ある程度わかっていないと、「意味わかんねーよ」になってしまうかもしれません。
終わった後、頭疲れてました(笑)

最後、誰かが彼女を迎えにきていたように見えました。
それが誰だったのか、わかりません。

個人的には、ものすごくヒットな映画でした。
ウェットなところがいっさいなく、情に訴えるシーン皆無、スローンの過去だの愛だのなんだの、きれいさっぱりありません。
鋭利な刃物がぎらぎらしたみたいな、脳みそで戦う人々の映画ですが、個人的には、かなり好きな、心に残る映画でした。

最近のシージ

シージ、やってます。
仕事が忙しくて、以前のようにはインできなくなってはいますが、絶賛プレイ中。

最近いっしょにプレイしているのは、シージ初期からのフレンド、YSさん、Mさん、私がナンパしたJさん、Tさん、D君。
そのほか、たまにいっしょにやる人が何人かいます。
ゲームにまったくインしなくなってしまった人が数名・・・ゲーム友、インしないと、もう何をしているか、元気なのかもわからず。

ある程度、固定のメンバーでやるようになってきて、あれ?ってなったことがあります。
攻めも守りも、定番なやり方が増えてきた。
まぁ、同じメンバーでやってるから、当然といえば当然ですけれども。

攻めだと、数名、必ずターゲットポイントから遠いエリアから侵入する人がいます。
1Fだと、必ず2Fって言う人がいる。
時に、私以外全員2Fから攻めるってケースも増えました。
とくに、カヴェイラがいると、「2Fから」って固定になりがち。
カヴェイラが2Fにいるんだったら、放置して直攻めでもいいんじゃない?って言ったら、カヴェイラをまずつぶさないとやばいでしょ?って言われました。
そういうプレイで負ける場合、たいてい時間切れです。

守りの時は、YSさんが遊撃、D君がカヴェイラで出るようになりました。
なので、YSさんが真っ先にやられるケースも当然増える。

人のこと見ていて、もしかして自分も、プレイが画一化してきちゃって、癖みたいなものが固定してはいないだろうか?と、ふと考えました。
私、相変わらず、最後の生き残りになりがち。
それは、みんなといっしょにいないのがひとつ。
みんなと別のエリアから進入するので、見つかりにくいのと、取り残されるのとがあります。
なので、上手くいくときは、それで勝利できるのですが、そうじゃないと、凹られるか、何もしないで終わるかってこともよくある。
個人的には直攻めしたいのですが、そこまでの攻撃力がないのでありまして。
粛々と練習してはいますが、なかなか難しい。

最近見ていると、強いチームは直攻め、あっという間にターゲットに進入してきます。
最近わがチーム、私以外はエリアにいないということがままあり、そりゃもう、ひとりでは到底守りきれず、エリアに敵しかいない状態で、遠方に出張している味方、戻るのに間に合わず、さらにガン待ちされてやられて終わるとかいうこともあり。

つまり、勝てなくなってるんですよ(苦笑)

フレンド全員、私も含めて完全エンジョイ勢なので、それでぎすぎすするようなことはありませんが、やっぱりみんなでしょぼん・・・になっちゃう。
私はものすごく波があって、無茶苦茶調子のいいときと悪いときの差が激しく・・・申し訳ないほどです。
もっといろいろなことができるようになりたいと思っておりますが。

ちなみに、相変わらずガジェットだけはかなり精度高いです。
逆に、ビアードやバックといったガジェットじゃなくて攻撃力で勝負のオペレーター、苦手。
そういうオペレーターをもっと上手く使えるようになりたいですわー。

もうすぐモンハンの新作が発売だそうで、そっちをメインにするってフレンドさんが数名います。
いつまでみんなといっしょにできるかわかりませんが、もうちょっとがんばろうと思っているところです。

壮大なる猿歴史の刻む名作 ~猿の惑星 聖戦記



すごい映画見ちゃったよ・・・というのが、見終わった後の率直な感想です。
これはもう、壮大なる猿歴史を描いた、スペクタクル映画。
かの名作カーク・ダグラス主演の「スパルタカス」見た後と、同じ感覚になりました。

ずっと人間との共存を考えていたシーザーに対し、前作でコバが始めてしまった全面戦争、それは、思わぬところから、ほころびが出てきます。
その象徴が、CMにも出ていた美少女。
家族を殺されて憎しみに燃えるシーザーが殺した男が連れていたらしい、病気の少女です。
彼女は、まかれたウィルスによる人間の”退化”が何であるかを、実は見せていました。

シーザーが人間との共存を模索するのは、彼が人間のもとで幸せに生きていた時代があったからこそで、人間のよい部分というのを知っているからです。
しかしコバは、真逆でした。
そして今回登場するバッド・エイプ。
彼の存在は、まったく新しい。
もともとは動物園で飼われていたバッド・エイプですが、仲間をすべて殺され、ひとりで生き延びていたという過酷な状態でありながら、人間への憎悪をもっていません。
”戦わない猿”という存在が現れたことを、映画は示唆しています。
仲間を殺し、自分の命すら狙ってた存在を憎まないって、ものすごく高度で緻密な心理と知性をもたないと存在しえないものです。
対して人間は、猿を殲滅することしか、もう生きる道は残されていないと考えています。
物理的な退化の症状がなくても、すでにその時点で、人間は滅亡の道をたどっていると言えます。
なぜなら、生き延びる道を考えていないから。
ウィルスが蔓延し、ただでさえ生存が難しい状況の中で、相手を殺せば生き残れるという考えは、すでに知性ある生物の考え方ではない。

1作目、知性を持った猿たちの最初の戦いで、ゴリラがシーザーを守って命を落としました。
我々、「よもやゴリラに泣かされる日がくるとは思っていなかったよ!」で号泣だったわけですが。
今作も、ゴリラがむちゃくちゃ熱いです。
胸熱です。
少女の髪に、ピンクの花を折って挿すゴリラとか、ちょっとそこのあなた!!!考えたことあります???

少女の名前がノヴァ。
シーザーの残された息子の名前がコーネリアス。
これは、猿の惑星の最初の物語に通じています。
チャールトン・ヘストンが愛するようになる人間の女性の名前が、ノヴァ。
ヘストンたちを理解して助けようとしてくれる夫婦の夫の名前が、コーネリアス>だったはず
もっともあれ、700年後とかの地球の話だったから、当人ではないと思いますが。

猿ですが。
もちろんモーションキャプチャーで人間が演じてるんでなんですが、演技がすごいです。
猿だったことを忘れる。
心情的に、猿側に思い入れしていまいます。

なんか、ふつーにガチですごい映画でした。
主人公が猿だけど、壮大なスケールの歴史スペクタクルでした。


自分はすごい、と言いたい人たち

私はあなたよりすごいのよ!と言いたい人たちの話、以前書きました → ここ

まぁさ、そういう人ってあっちこっちに分布してるし、本当に多い。
以前いた会社のマウンティング女子なんて、嘘までついて、「私、実はすごいのよ」って言いまくってましたしね。
最近は歳くったせいもあってか、この種の話、しまくる人に許容範囲ががぜん、狭くなりました。
だいたいそういう人のその自慢が、たいへん薄っぺらいのがそもそもね。
まぁ、安易に自慢しまくるレベルなわけだから、そりゃもう井の中の蛙なわけですが、その蛙がえらそーにいろいろ薀蓄語るわけで、そりゃもう話つまんねーし、内容ねーし、耳汚し以外のなにものでもない。
そもそも、聞いてやってる時間が無駄。
はたいてやろうかってくらい、最近、この種の人には狭量になりました。

先日、以前同僚だった人と久しぶりに話したんですが、彼女、嵐のファンでした。
知らなかった。
私もそうだよー、ファンクラブもはいってるーと言ったら、いきなりきた。
「私はね、デビュー当時からファンで、ファンクラブも初期メンバーなの」
・・・・・・だから何?

そこから始まった、”いかに私様が、嵐ファンとして歴史が長いか”話。
ライブは、毎年必ず行ってる→地方在住の人なので、けっこうチケット取れてたらしい
ライブは、ツァー最初の、まだ人々が見ていない初日を見るのが大事だから、どんなに遠くてもそれを見ている。
この、たった二言で終わる内容について、彼女は延々40分くらい語りまくり。
その間、何度も出てくる「私はデビューからのファンだから」センテンス。

そこまで聞いて(がんばって聞いてた)、さすがに私、こっちから聞きましたよ。

「ところであなた、誰推しですか?」

「あ、もちろん松潤よ」と答えが返ってきましたが、愛する推しの話、、、というか、名前が出たのはその一瞬だけ。
彼女が嵐の話をする中で、愛する推しの名前が出たのはその一回だけでした。

おめー、推し、愛してないよね?

私に嵐を布教したCちゃんですが、嵐の話始めたら止まりませんが、そもそも内容が大野君しかありません。
大野君がいかにかわいいか、大野君がいかに素晴らしいか、大野君がいかに愛らしいか、大野君がいかにすてきか、大野君がいかに愛されているか、しかない。

「大野君がこう、寝てるわけよ。そこに松潤がやってきて、なんだよー寝てんのかよーって言うのね。んで、大野君が反応しないじゃない?そうすると、松潤がすねるのよ~、こう、こう、こういう感じで(真似する)。どんだけ大野君のこと、好きなの!!って!!!で、大野君のそのときの寝顔がもう、天使でね!!」

こういう愛に満ち溢れた話を毎度毎度聞かされ、どうしても見せたいと、愛にあふれまくった解説付きでDVD何時間もいっしょに見て、そして私は見事に転ばされました。
大野君じゃなくて、相葉さんにころんだんだけど(笑) → Cちゃん、「私、相葉さんの話なんてしてないのに!!」と言ってた(笑)

ファン暦がどれだけ長いかとか、どういうこだわりがあるとか、おめーの話はどーでもいいんだよ。
推しがどれだけラブリーか、至上の存在か、話しがないって、それどーなんだよ。
話したいことが推しじゃなくて、てめー自身の話だけって、なんなんだよ。

・・・というわけで、私は彼女の嵐への愛を欠片も感じなかったので、さっさと話を切りました。
ちなみに、ジャニーズファン長いとか言われ、SMAP解散の話も自慢まじりに始められたので、「私、仕事でSMAPと懇意にしている人から、解散について詳細聞いてたんで知ってるからその話はいいです」(これはほんとなので)って言って、さっさと切り上げてしまいました。
別に、「ファン暦長いわたくし様の、解散に関する、たぶんこれが本当!って考察」とかいうの、聞かなくていい。

本当に最近、この種のことには容赦なくなってきた自分。
知人で、たぶん本人自慢してるって自覚ないのかもしれないんですが、親族の話する時に、必ず弁護士のXXとか、医者のXXとか冠頭詞つけてくる人がいて、職業関係なくね?って思ってるんですが、彼女は趣味でも家族でも仕事でもなんでも、”私すごい”が初期設定になっておりまして。
やたらと金かけて、高級アイテム使ってることを前面に出している趣味のことも、実はびっくりするくらい内容はだめだめで、でも本人は「あー、いい作品できたし」とか「あー、XXX最近つかってないから、腕なまる」とか言ってました。
まぁ、好きでやってるんだからいいよね・・・みたいな感じで見ていたんですが、最近、彼女がうちこんでいて、いっぱしに薀蓄語っていたことが、実は中身がまったくなかったことが判明し。。。驚きすぎて、うっかりツッコンだから、激怒されてしまいました。
本人、「別にプロになりたいとか、上手くなりたいとか、思ってるわけじゃない」とかいったんですが、いや、だったらなんで、みんなのこと講評したり、薀蓄語ってたりした???

激怒になった彼女とは、その後疎遠になりましたが、この種のことに反応大きくなった自分、「何も中身ないのに、えらそーに語ってるって、どういう了見なんでしょうか?」とか、マジ言ってしまいそうなので、それはそれでよかったと思っております。

好きなもの、好きな人について語るなら、おのれの愛を語れ。
どんだけそれが素晴らしく、どんだけそれが愛すべき存在か、どんだけそれに魅せられているかを、語ってくれ。

それが好きな私様はすごいとか、それに対して私様がこれだけやってるのを聞けとか、マジ、どーでもいい。
お前らのそこには、愛を感じねーんだよ。

東京アートブックフェアにいってきた

SNSで、東京アートブックフフェアなるものが開催されていることを知り、行ってきました。
なにそれ?って人は、ここ見てください → ここ
アート系、写真とかイラストとか、そういう本を作っている人や専門に扱っている書店や出版社が出展しているフェアです。
スポンサーがついていて、がっちり企業とビジネスなイベントなので、運営組織も法人。

ぶっちゃけ、アートが好きな人、アート系な本が好きな人には、たまらんイベントでした。
すでに過去に何度も開催されているそうで、ファンも多いらしい。
プロで活動されている人の出展もあって、それを目当てに来ている人も多いように感じました。

アート系の本って、ぶっちゃけ、高いです。
数千円とか当たり前で、万超える本も普通にある。
さらに、扱ってる書店も少ないし、そもそも書店に並ばない本なんかもやまほどあって、入手そのものがほぼ不可能なんて本もざら。
作家側も、一般書店に並ぶような本を出版するのが難しく、お金もかなりかかってしまう。
なので、このイベントは、アートな本を買いたい人、自分の作品を本にして売りたい人たちの良い場所って感じがしました。

来ている人は、圧倒的におしゃれな人が多い。
さらに、普通に外国語を話す日本人率がやたらと高かったです。
英語どころか、フランス語、スペイン語、中国語なんかも、さらっとしゃべってる日本人がやたらといて、驚きました。
すげー!さすが、意識高い系なイベント!!!

SNSとかで「zine出しました!!」「XXさんのzineさいこーです」とかあって、なんぞ?と思ってたら、本のことだった。
すげー!さすが、シャレオツピープル!!!

売っているのは本だけではなく、いろいろなグッズもあって、誰かが「おしゃれ度数上がったコミケのようだ」と言ってましたが、そんな感じ。
とはいえ、イラストや写真を作家本人納得の発色で印刷するには、相当お金もかかるし、装丁もこったものが多いので、基本、単価はものすごく高いです。

すごく良いイベントだったんですが、個人的に「どうよ?」な部分もかなりありました。

寺田倉庫でやっていて、メインスポンサーもこちらなんですが、開催場所が二箇所に分かれていて、そこへ行くには、それぞれ1基のエレベーターしかありませんで。
入場の時点で、かなり詰む感じ。
出展のある会場は3箇所、イベントは1箇所なんですが、それぞれつながっていません。
倉庫なんでやむをえないんですが、なんかあったらあの人数、逃げられないだろうと、イベント開催側経験者の自分、真っ先に思いました。

倉庫なんで、照明が無茶苦茶暗い場所があります。
この種にイベントには致命的なんですが、動線が作れない配置。
倉庫の構造上、やむをえないとはいえ、動線がないために、人がたまりがち。

館内、スタッフを見かけること皆無。
なんかあったらどーすんだ?と、ほんとに思いました。

来場者の方にも、けっこうびっくりした。
初日以外は入場無料なんですが、アートにも本にもまったく興味なくて来ている人の多いことったら!!!
帰り、道歩いていて、モノレールの中で、行ったって人たちけっこう見たんですが、本持ってる人、買ったって話している人が皆無だった。。。
そういえば現場でも、実際買ってる人って、来場者の数と比較すると少ない。
一般人、興味なくても、なんかイベントやってるー、えー行ってみるぅ?なノリで行く人が多いんだ!と、いまさら知りました。

さらに。
欲しいもの、見たいものがあるのなら、開場前には並ぶつもりで行くのが常套なオタクな自分、開場前にいったら列もなく、さくっとはいれたんですが。
午後3時くらいに外出たら、入場に列必須。
その後、入場規制でたそうで。
一般人(また言ってる)、休みの日の初動は遅いってことに気がついた。
まぁ、欲しい本とか見たい本とかなければ、のんびり夕方とか来て、帰りにご飯食べてかえろー?みたいなノリになるだろうけど。

とあるイラスト、わーすてきーってなって、ポストカード選んでいたら、作者本人に話しかけられ、しばらくおしゃべりしました。
これがさー、すっげーイケメンでさー(笑)
こういうのがあるって知らなかった、初めて来たけどたのしー!って言ったら、「いろんな作品あるし、面白いですよ。楽しんでいってください。明日もあるから、よかったらまたきてください」と言われ、気軽に「はーい」とか言っておりましたところ・・・
なんかどっかの人気バンドのジャケットも描いているイラストレーターさんだと後で知り・・・

完全手作り本で、すさまじくぶ熱いイラストの本。
素晴らしい、これは欲しい!となりましたが、価格1万円。
いや、それだけの価格はするよね・・・って本だったんだが、さすがにその場で購入決められず。
いったん離れ、その後戻ったら、なんと売約済みの札が!!
「戻ってきてくださったんですね」と声をかけられ、「ちょっと忘れられなくて、買うか!って覚悟決めてきたら売れてました」と言ったら、なんど作者ご本人でした。
すっげー手のこんだ、ちょーかわいらしい本でした。

中国、韓国、台湾からの出展もけっこうあったんですが、良い書店が多いんだなーとしみじみ。
写真やイラスト専門の中国の書店で出していた本が、どれも本当にすてきでありました。

草木のドローイングが淡々とならぶ、装丁がとてもすてきな本があり、手にとったところ、「マケドニアの本です」と言われてびっくり。
「と、遠い・・・」と思わず言ったら、「そうです、とても遠いです」と返されました。
マケドニアのイラストレーターが、庭の草木の成長をデッサンしたものをまとめた本とのことで、あまりにすてきだったので購入。

写真の本は高いとわかっているので、蔵出しの万冊もっていきましたが、全然足りないよね。
思わず買ってしまった写真集、ロマンスカーで新宿から箱根まで、窓についた水滴を撮影しただけのものだったんですが、これはもう写真じゃないと表現できない世界で、ハートを撃ち抜かれたので買ってしまったり。
4000円ですから。
写真集としては、はっきりいって安いとおもう。。。

毎年やってるらしいので、来年もあると思いますが、願わくば、次回はもうちょっと会場を考えてほしいです。
倉庫でもいいんだけど、シャレオツ優先な構成とかにしないでほしい。
パンフレットなんて、これ、どういう順番でサークル名(違)並んでるの?ってぐるぐるしてたら、出展並でもなく、名前順でもなく、なんとアルファベットでしたよ。
やめろ、そういうの。

あ、いっこ、わー!!って思ったこと。

イラストのかわいいチョコレートがあるんですが。
私も買って食べてて、プレゼントにもしたことある。
そのイラストレーターさんが出展されてました。
動物のイラストカード、かったー!!!



すべての人々へ ~ ドリーム



「ドリーム」見ました。
やっと見れました。
アカデミー賞にノミネートされて、見たい!と思ってから一年近く。
日本での公開、遅すぎる>しかも邦題がクソで騒動になってた

NASAのマーキュリー計画前後に、計算手として働いていた黒人女性たちを描いた物語です。
主人公キャサリンは、小学生から飛び級しまくった数学の天才児。
同じ黒人女性のメアリーとドロシーとともに、NASAで働いていました。
卓越した数学の才能を持つ彼女たちですが、職場は施設の地下。
そこで、安い給料で計算手として働いています。
そんな時、ソ連がスプートニクを飛ばし、さらに有人宇宙飛行を成功させます。
NASAは正確かつ高度な計算が出来る人材を探すこととなり、その白羽の矢は、キャサリンに向けられます。

1960年代、白人と有色人種が使う場所は、すべて分けられていた時代です。
さらに、女性の仕事はアシスタント的な業務がメインで、その能力や地位はほぼ認められることがない時代。
そんな中で、白人種男性しかいない現場にはいったキャサリンは、黒人、女性という二重の意味で大変な苦労を強いられることになります。

有色人種が使うトイレがないため、毎回800メートルも先にある、遠い建物地下のトイレまで往復しなければならない。
オフィスにあるコーヒーメーカーは、彼女だけ別にされる>しかも放置されてる状態
計算しようにも、大事な部分は全部黒いマーカーで消されてしまう。

同僚のドロシーやメアリーも、同じような経験をします。
エンジニアとしての才能を発揮するメアリーに、上司がエンジニアの資格を取ることを薦めますが、大学の学位ももっている彼女に、人事は、有色人種には取ることの出来ない講義にでていないことを盾に、資格取得を承認しません。
管理職の代理をずっと務めるドロシーは、昇給も昇進もないままこきつかわれ、それを人事に訴えますが、黒人女性が何を言ってると、まったく相手にされません。

ここまでの差別を描きながら、この映画は、差別との戦いをいっさい描いていません。
見事なほどに、描いていない。
すっぱりと、”当時あったこと”として描いています。

じゃあ何をこの映画は描いているのか。
3人の女性が、黒人であること、女性であることなど、驚くほどの困難と障害を前にして、決してくじけず、決してあきらめず、誠実に実直に仕事にむかっていく姿を描いています。
すごいのは、彼女たちは決して戦わないし、自己主張もしないし、強い態度にも出ません。
静かに耐え、黙ってあることを受け入れます。
けれど、前へ進み続けます。

個人的に、心に残ったシーン。

キャサリンが職場を去ることになった時、上司の秘書が婚約祝いを上司からだと言って渡します。
その品物は、かつてキャサリンが一度だけ、怒りに震えて上司や同僚の男性陣に訴えた時に言及したもののひとつでした。
「上司はこんなのはわからないから、たぶん奥様が選んだものでしょうけれど」と秘書が言いました。
いや、違います。
それは秘書が選んだもの、と私は思いました。
なぜなら、キャサリンの喜ぶものが何かなんて、上司はわかるわけもないし、覚えているわけもない。
秘書の彼女だからわかるものです。
私はこのシーン見て、号泣しました。

もうひとつ。
有色人種しかいかれない学校の講義に出たいという申請を、裁判所に申し出たメアリーが、裁判官に言う言葉。
「最初のひとりになる」(Be the first と言ったような記憶が)
この言葉のすごさ、すばらしさに震えました。
しかし、そのメアリーも最初は違っていました。
「黒人の女である私が、夢や希望をもったところで無意味だ」
そう言った彼女に激を飛ばしたのは、技術部門の彼女の上司です。
「何言ってるんだ。私はユダヤ人だ。両親は収容所で死んだ。だが今、ここにいる」

日本では、女性が主人公の映画は、恋愛絡みじゃないとまったく受けません。
「ドリーム」も、アカデミー賞多数ノミネートされ、アメリカでは大ヒットを飛ばしているにもかかわらず、日本公開は一年近く遅く、上映館も少ない。挙句に、宣伝も邦題もあきれるようなやり方でした。
これが、男性が主人公だったら違うよね?という指摘がありましたが、そのとおりと思います。
Twitterで映画評をあげている人たちのほとんども、この映画については、完全に無視です。
(ちなみに、ほぼ全員、「ワンダーウーマン」は視聴していましたが、全員鼻で笑ってました)
「ダンケルク」など、きちんと解説し、すばらしい評をあげている人たちですら、女性が主人公の仕事の映画になると、そういう対応になる。。。そんな国なんだな、日本って。

週末、都内上映館はほぼ満席で、チケット取れず。
平日の夜見ましたが、年配の男性が多かったです。
どういうふうに見たか、聞いてみたかった。

私が女だからって差別した!
私が黒人だからって、そういう扱いをするのだ!
そんな言葉は、いっさい出てきませんでした。
(まぁ、そんなこと言ったら殺されるかもしれないし、そもそも職を失う時代でもあるけど)
しかし、彼女たちは、おのれの目指すものへと進み続けます。
実直に、誠実に、どんな困難にも負けない不屈の心で仕事に向かい、そして結果を出すという、あまりにもまっとうであまりにも正当なやり方で、彼女たちは成功しました。

「天才な彼女たちでも夢を叶えるにはあんなに大変なら、才能なんてない自分らの夢なんか、叶うわけない」という意見をみました。
成功とか達成に向かって努力はするものだけど、成功しないならやらないって考えなら、何やってもだめでしょう。
成功するか、達成するかなんて、誰もわからないです。
才能ないからやっても意味ない、成功しないと思うからやらないんだったら、それはそれでどーぞどーぞ、さようなら、です。
夢を見るのも、そのためにがんばるのも、才能が必要なのかもしれません。
努力し、がんばることを楽しむのも、才能が必要なんでしょう。
挫折し、結果として夢は叶わなくても、自分の中に何かが残る、あるいは楽しかった充実した時間が残せるのも、きっと才能なんでしょう。


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