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光のお父さん、書籍化

2017.03.22 (Wed)



お父さんは、齢60を超える 光の戦士だ・・・

この文言から始まる、マイディーさんとお父さんのエオルゼアでの旅が、ついに1冊の本になりました。
おめでとう!!
おめでとう!!
ぱちぱちぱち!!!
書籍化には、なんかいろいろ大変なことがあったみたいですが、とにかく本になってよかったです。

本は、ブログ愛読者からすると、かなりの改変を感じる内容になっています。
ブログに書かれている細かい部分や、ジョビのメンバーのこと、それぞれのミッションは、本ではがっさり削除されています。
さらには、マイディーさんの独特な笑いのセンスみたいな部分も、かなり薄まってる。
これはもう媒体の違いと、対象となる読者の違いで変えざるを得ない部分と思います。
ブログは今もちゃんと現存しているので、本読んで面白い!ってなった人は、さらなる詳細をそっちで読めばいいかと。

この話が書籍化されたこと、ドラマ化されることについては、個人的に、歴史変えるくらいの意義を感じています。
なぜなら、オンラインゲームをやる人以外は知らなかった、新しいコミュニケーションと人間関係を、大々的に一般市民(一般人じゃない)に知らしめることになるからです。

マイディーさんとお父さんは、リアルでは親子で、そこにある人間関係の基礎は”親子”です。
血縁ってのは特別で固定された人間関係だから、生きている限り変えようがないのが今までのあり方でした。

しかし、オンラインゲームの中でのふたりは、同じゲームをするプレイヤーという基礎の上にある、共に戦う同志であり友です。
ブログでも書籍でも、マイディーさんは何度も何度も書いていますが、オンラインの世界での友人たちがリアルでどういう人間か、何をして、どういう生活をしているのかなんてわかりませんし、もちろん、本当の顔も知らない。
その世界に馴染みのない人には、それは異様にも感じるだろうし、おかしいんじゃねーの?とまで言う人もいます。

しかしこれ、実はリアルでもたとえられることです。
自分がいきなり、異国に行ったとします。
空港に降りたあなたは、何もわからない、誰も知らない。
そして、今、そこにいるあなたは、そこの人にとって、”アジア系の旅行者”という存在になります。
あなたに関わる人も、その国にいる人であることは確かでも、どこの誰かも、何をしている人かも基本わからない。
例えば、美術館に行こうとして、いろいろな人に道と尋ねる。
とある人が、「自分もそこに行くので、いっしょに行きましょう」と言ってくれる、そして会話が始まる。

オンラインゲームの世界は、これに近いと思います。

私は外資系企業で働いて長いのですが、社員同士のプライベートなことはお互いにほとんど知りません。
どこに住んでいるのか、どこ出身か、既婚か未婚か、どこの大学を出たのか、何が趣味か、たいていはお互い知りません。
会社という場所にいる以上、基本設定は、”営業の鈴木さん” ”アナリストのブラッドさん” ”秘書の川原さん”とかで十分です。
何かのきっかけで、個人的な話が出ることがありますが、それで”同じ会社で働く人”という基本設定が変わることはありません。

これ、オンラインの世界と同じです。

例えば、スナイパーのTさん、芋プレイが上手いKさん、キルレ高いOさんとか。
FFの世界だったら、ヒーラーのTさん、モンクのKさん、タンクのOさんってなる。
私がやっているオンラインのゲームは、基本、リアル会話になるので、本人の声やしゃべり方などもわかるし、時々プライベートな話とかも出ますが、マイディーさんのやってるFFはチャットメインのようなので、そういうプライベートな部分は出にくいかと。

オンラインでの友達って何?気持ち悪い、どこの誰かもわからないじゃないの。。。という人は、今もたくさんいます。
いますが、リアルの友達とオンラインの友達の違いは、顔を知ってるか知らないか程度の違いで、それに何か問題がありますか?と、私は言いたい。
オンラインでは本当のことを言わないで、うその自分でやってるかもしれないじゃない!という意見に対しても、リアルでもそういう人はたくさんいるよね?としか言いようがない。
逆に、オンラインで、リアルな自分と違うキャラを作っている人もいますが、その世界でのその人が”そのキャラ”ならば、それはその人にとってのリアルのひとつであると思います。
じょびのきりんちゃんとか、もしかしたら、三十のおっさんかもしれない>きりんさん、ごめん
でも、その何が問題があるのか?
全然ない。
FFの世界の中でのきりんちゃんは、あのきりんちゃんなのですから。

いろいろな国の人と仕事してきて、わかったことがあります。
ここで嫌な人は、世界のどこでも嫌な人だし、あっちで良い人といわれる人は、世界中どこでも良い人です。
人間の本質は絶対値で変わらない。
オンラインでも同じです。
経歴や出自、職業がわからない分、本質で見るしかないわけで、その部分は露出しやすくなると思います。

「光のお父さん」は、そういうものを、ゲームやバーチャルワールドに縁のない人にも、楽しくわかりやすく見せてくる名著と思いました。
お父さんと息子が、ゲームの世界では、頼りになる先輩でありリーダーの人と、みんなに助けてもらいながら成長していく初心者になるんですよ。
しかも、逆転の立場で。
そして、他のフレンドたちとともに、協力して戦い、ミッションをクリアしていく。

すごい。
21世紀の新しい人間関係の形! 

この話には、もうひとつ、大きな意味があります。
お父さんが、60歳を超えているということ。

年齢で無理、出来ないなんてことはない。
年齢に関係なく、挑戦することができる。
年齢にこだわりをもたずに、いろいろな人たちと交流することができる。

それを証明した本でもあります。

マイディーさんのお父さんの人間性のおおらかさ、楽しさが際立つのもそこ。
面倒くさい、えらそーなおっさんだったら、こういうことにはならなかったでしょう。

とにかく、私にとっては奇跡の1冊。
ドラマも、超楽しみです。
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人はみな、それぞれ違う人生を生きるのだ ~夫のちんぽがはいらない

2017.01.20 (Fri)

かなりインパクトのあるタイトルで、発売前から話題になっていた本です。

もともとは、文学フリマという純文学系の同人イベントで売られている同人誌に掲載され、長蛇の列ができるほどに売れた本の書籍化。
作者のこだまさんは、ブログやネットエッセイもやっておられるそうです。

内容ですが、いわゆる私小説です。
最近は普通に見られるようになった、いわゆる個人の体験や特異な状況を暴露する系の本ではありません。
話題性はありえないほど山盛りですが、それを人に晒して見せる内容ではない。

じゃあどんな内容なんだよって言うと、両親から完全自己否定されて成長した女性が、限られた人間と閉鎖的で固定された価値観に固まった僻地の故郷を離れ、自分の足で歩き、自分の力で生きていく中で、自己否定の呪いから少しづつ自分を解放していく経験を綴っています。
以前から絶賛されいたようですが、文章が素晴らしい。
さらに、自己憐憫とか自己愛、自己承認を求める部分がきれいさっぱりありません。
「なんてかわいそうなわたし」とか、「こんなに大変な経験してるんだ」的なものがないのは、こだまさんが書きたいのは、そういうもんじゃないし、彼女にはそういう視点も考えもないのだろうと思います。

じゃあ、こだまさんはこれを読む人たちに、何を伝えたかったのか。

「見かけも醜く、かわいげもない性格」と両親から言われ成長し、学生時代、満足に人とも話せないまま終わって、友達もいなかったというこだまさんが、故郷を離れ、大学に進学して、そこで現在のご主人と出会います。
数年後に結婚することになる彼とは、今もってセックスができない。
その部分の描写は、何度も何度も出てきます。

そして、こだまさんはなんと、他の男性とはどんな人とも、まったく問題なくセックスができる。。。ということも、淡々と書いています。
この部分、正直「ここまで書いていいのか」と思うほどの内容ですが、こだまさんが書きたいのは、セックスの部分ではなく、「どうして大事な、愛する人とはできないのに、行きづりのどうでもいい男とはできるのか」という葛藤だと思いました。

つまるところ、「普通は誰でも当たり前にできて、出来て当然、あって当然のことができない」苦しみを綴った本です。

夫とセックスができない、結婚しても子供が出来ない、仕事を続けることができない、などなど。
なぜできないのか、どうしてなのかというものを、本人もわからないまま、「世界中の人が出来て当たり前のことを、できない自分」という形でつきつけられ、向き合うことになる苦しみとつらさ。
そして、当たり前だからこそ、悪意なくつきつけられる世間の言葉や価値観。
「だって、夫のちんぽがはいらないんです」って言ってしまえばそれまでのことですが、それがどれほどに、世間の”当たり前”に恐ろしいほどの影響を及ぼすか、どれほどにインパクトがあるかを考え、さらには「そんなのありえない、おかしい」という当然の反応があることが、こだまさんを苦しめます

もともと自己肯定感が低い方なので、何度も何度も、自分を責める文章が出てきます。
いやいや、とんでもない、こだまさん、真面目に一生懸命に、ものすごくがんばってると私は思う。
そして、何があっても穏やかで優しい視点があることが、この本に書かれているシビアな内容を、まったく違う形にして読む人に差し出していると思いました。

はっきりいってしまえば、セックスできない、あるいはしていない夫婦がそこまで問題か、そこまでレアな存在かとは、私はまったく思っておりませんで。
周辺、性生活がない夫婦や恋人同士はレアな存在ではないし、下半身不随やEDで物理的に無理というご夫婦も知っています。
そういうのなくても、子供がいない夫婦は普通にいる。
世間がいうところの”普通はこういうのは当たり前”ってのは、オタクの人のほとんどがブレイクスルーしていて、「まー、世間一般の人はそうだと思うけど、ごめーん、私、オタクなんで」とすでにその先にいっちゃってるから、あまりそういうのを気にせずにいますが、そういうのに苦しみ、潰されそうになっている人が多いのもわかります。
生まれも育ちも都会な私は、良くも悪くも多種多様な生き方や在り方に慣れていますが、地方出身の友人たちからは「未婚で実家かえると、いろいろ面倒くさいし、同級生とも生きてる世界が違いすぎて、会話が成立しなくなってる」という話はよく聞きます。

AV監督のバクシーシ山下監督の著書には、世間一般に普通なことが出来なくて悩んでいる人、じゃなくて、ガチで”普通というカテゴリーから逸脱した人たち”のことが書かれています。
そこに書かれている人たちは、普通な人生を送ることは限りなく不可能で、恐らく”普通が当たり前な世界”では生きられない人たちだと思いますが、監督はそういう彼らを暖かい視線で見ていました。
私はその本がとても好きで、そこに書かれた人たちにも、嫌悪感も否定的な考えもまったく持たずにいます。
法に触れるようなことをせず、他人に迷惑をかけずに、その人が真摯に真面目に生きているのなら、普通であることとか、世間が当たり前と思うことに沿っていないことなんて、どーでもいい。
彼らは彼らの人生を、笑顔で生きる権利があるし、逆に、それを否定する権利は誰にもないと思っています。

読み終わった後、なんかこう、黙って青空を見上げる。。。みたいな気持ちになりました。
いわゆる、自分のレア体験を綴ったものとか、不幸な人生を露わにしたコミックエッセイとか、苦手でほとんど読まないのですが、この本はそういう本ではありませんでした。
この本を読んで、救われる人はとても多いと思うし、ほっとする人とか、どうしようもなく泣けてしまう人も多いと思います。
いい本でした。

個人的にひとつ、気にかかることが。

ここまで赤裸々に人生を綴ったこだまさん、プライバシーは保たれるだろうかってそこ。
恐らく爆発的に売れるであろうこの本、同人誌で売れたとかいうレベルとは、桁はずれに違う世界がそこに現れると思います。
すでに、批判的、否定的な感想もあがっている中、世の中にはそれこそ、とんでもない人もいる。
お仕事のこともかなり詳細に書かれているし、ご本人がそういった世間の”荒波”に耐性高い方とも思えず。
できれば、こだまさんの違う作品も読んでみたいので、ぜひとも、ここで終わらずに、次のステージへと向かっていただきたいと思います。


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誰も知らない犯人 ~ 顔のない男

2017.01.13 (Fri)



「ドラゴンタトゥーの女」ヒット以後、北欧のミステリー小説がいろいろでてきていますが、これもそのひとつ。

都心から地元に戻った刑事が、戻ったその日からいきなり捜査に巻き込まれたのは、かつてのクラスメイトが惨殺遺体で見つかった事件でした。
「いい人だった」という、こちらもクラスメイトだったその妻の言葉に、刑事は疑念を抱きます。
なぜなら、遺体でみつかったクラスメイトは、かつて、とある人物を壮絶にいじめぬいていた人間だったからです。
そして、それを証明するかのように、遺体の上には、そのクラスの写真が置かれてあり、死体となった人物の顔にはXがつけられていました。

被害者が実は加害者であり、加害者と思われていた人物が被害者だったという、二転三転する物語に、読んでいる我々も登場人物たちといっしょに翻弄されます。
タイトルの「顔のない男」まんま、特定されません。
最後の最後まで、本当にわからない。

ところがこの小説、あちらこちらにトリックが仕掛けてあって、実は犯人はすでに我々が知っていた人物であったり(こう書いてもまったくネタばれにならない)、独白してる人物が実は我々が思う人ではなかったりと、とにかく驚く部分がたくさん。
しかし、それが、私の嫌いな「後だしじゃんけんみたいなご都合主義」にはなっておらず、「あ、そうだったのか!」って、真実がわかった瞬間、パズルがはまる感じがあって、さらに面白さが増します。

犯人は残虐で、容赦ありません。
殺し方も多種多様で、「なんとまぁ、よく考えたことか」という感じですが、そこまでに犯人がどれだけ綿密に計画し、準備したかを考えると、ほんとうに背中が寒くなります。

ラスト、犯人がどうなるかの部分だけ、「えええっ(笑)」みたいな感じだったのですが、その後も彼の仕組んだわなはあっちこっちでその目的を完逐したのがきちんと描かれています。
ちょっとそこだけ、物足りなかったかな。

いじめってのは、世界どこでもありますが、いじめっこだった人はこの小説読んだら、家中の鍵をかけて、布団かぶって自室でがたがた震えるレベルなので、ぜひとも読んでください。

どっしり厚い本ですが、翻訳がとてもよくて、あっという間に読んでしまいました。
個人的には、「えー・・・それ、どうやったかぜひとも記載してほしかった」殺害方法がいくつかありました。
20人以上の連続殺人で、殺害方法が全部違うので、そのあたりも読みどころと思います。
08:44  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

コミケ 今回のヒット本

2017.01.04 (Wed)

今回のコミケは、萌えジャンルがないということで、まったり好みの本を探す旅をしてました。

男幕肉壁本は、私が買っているところはどこも通販しているので、最近はそこで購入しています。
必ず長蛇の列になるサークルさんなので、これはあくまでも時間節約のため。
ただ今回、ふつーに女性向けサークルでも通販するところが増えて、明らかに列ができるとわかっている所は、そちらで予約しました。
ところが蓋をあけてびっくり。
予約した女性向けサークルさんいづれも、ほとんど待つことなく購入できたそうで。
実のところ、コミケで”現場で買わない”というのは、実は全然楽しくないってのをしみじみ感じた次第。
やっぱり、現場で購入して、初めてその楽しさがあるんだよなーって思うことがたくさんあった、今回のコミケです。

少し前にはまったイングレス。
夏コミで1冊だけ本見つけて、それで「こんな遊び方があるのか!」と驚いたのですが、今回、イングレス本を出しているサークルさんがけっこうあって、何冊か購入しました。
本見て喜んでいたら、サークル主さんにランクを聞かれ、激励の言葉をいただき、さらにいろいろな遊び方や仲間の作り方など、アドバイスいただきました。
本も、ご本人が参加したイベントとか、写真入りでまとめてあったりして、とても面白かったです。

前回、通りすがりで見つけた釣りの本。
主さんが、「釣り、いいですよー、これどーですか?こっちは?」とかいろいろ薦めてくれて、練り物の作り方の本を買っていたのですが、今回いったら、最終刊の文字が。
本開いたら、最初の見開き2ページに写真入りで、どどん!と出ていたのが。。。

「だって、全然釣れなかったんだもん」

・・・で、大笑いしました。

この他、料理関係の本、おいしい店紹介の本、いろいろ買いました。

ミリタリージャンルは、最近のお気に入り、注目なんですが、やたらと混んでます、いつも!!!
今回は、お目当ての本が完売していたので、うろうろして、CIA面白話とか、CIAの歴史ってな本を買いました。
いつも新刊購入していた、アメリカ軍関係の資料を翻訳されているサークルさんは不参加だったみたい。
ここでは、ミリタリーなコスプレされている方をよく見かけますが、あとで写真があがってるのをみて、シージのコスプレしたい!と、人生初めてコスプレ願望がうまれました(笑)
ゲーム友にそれ言ったら、「何?フロストとか、IQとか?」って聞かれたんですが、「タチャンカ!」って答えた私であります(笑)
圧倒的に、縦横、重量足りない・・・・

創作少女、創作少年で買った本が、今回大ヒットばかりでした。
イギリス空軍のパイロットの話、男女3人の高校生の友情と恋愛を描いたマンガ、旅する魔法使いとであった女の子の話。

最近、旅行本は買わなくなりました。
団体ツァーのものは、自分の旅スタイルとは全然違うので参考にならないし、見た!買った!食べた!だけを並べてるだけのものも多く、そうじゃなくて、その旅で何を感じて何を得たかとか、そういう本が読みたい。
いたって個人的な趣味に走りまくった旅とか。
今回は、いつも買ってるアジアやアラブをひとり旅されている女性のサークルさんの他に、英国軍事博物館いった人のもの、トルコに旅した人のものを買いました。
トルコは、今のような危険な状態になる直前に行かれたものだそうで、丁寧に絵でいろいろ見せてくれる本です。

萌えたアニメとかマンガとかの二次創作本買いまくるのもコミケの楽しみですが、他では見られないような本に出合えるのも、コミケの楽しみと思います。
本当に久しぶりに、同人誌に埋もれて、くるんくるんしながら大喜びしました。
楽しかったー!
13:41  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

運命のタペストリー ~すべての見えない光

2016.10.19 (Wed)



2015年のピューリッツァー賞受賞の小説で、翻訳版刊行前から評判になっていました。
アンソニー・ドーアを読むのは初めて。

3000円近くする分厚い本ですが、読むのにやたらと時間がかかったのは、厚さのせいではありません。
細くて美しい緻密な文章で、丹念に編まれたタペストリーのような物語で、その繊細な糸をほぐすように読み込んでいたら、とてつもかく時間がかかってしまいました。

パリに住む盲目の少女マリー・ロールと、ドイツ人の孤児ヴェルナーのそれぞれの人生と邂逅を描いた物語・・・と、要約するとそういう形にしかできませんが、この物語はそんな単純なものではなく、そして劇的なものでもなく、さらに運命的なものでもありません。

人生に起こることの偶然と必然の区別がつく人は、この世にはいません。
何気なく起きたこと、あるいはあったことが、その人が思いもしなかったものにつながったり、あるいは遠いどこかで誰かと誰かが結びついたり、あるいは破滅を導いたりする。
実際にそれに関わった人が、その発端となった事象の結果を知ることなく終わることもたくさんあります。
人はそれを時に”運命”と呼びますが、この物語はそれを、「そんな安易で軽薄なものではないよ」と囁くように見せてきました。

目の見えないマリー・ロールの世界が、この物語の中でもっとも色鮮やかなのも、弱弱しく変わり者でしかないヴェルナーの友人フレデリックが追いかけていた鳥の世界も、この小説では静かに美しく描かれています。
現実世界では、彼らをとりまく世界は悲劇的で、むしろ悲しい色に満ちている。
けれど、彼らだけがこの物語の中で、もっとも色鮮やかで、美しい世界を見ていました。
これは、物語の世界だからこそ、文字で表現する世界だからこそ、表現できたことだと思います。

マリー・ロールとヴェルナーは、出会います。
出会うけれど、それは世間によくあるすてきな物語、ロマンチックな小説、運命を描く映画とはまったく違っています。
ふたりの邂逅は、マリー・ロールの祖父が行っていたこと、ヴェルナーの両親の死、ヴェルナーとその妹のユッタとの時間、フレデリックの大事にしていた本、ヴェルナーと共にいたフォルクハイマ―の存在、そしてさらにはもっとたくさんの複雑な、そしてこの邂逅とはまったく無関係にあった人々や出来事によって起こります。
そしてその邂逅はその後、再びその邂逅とはまったく無関係だった人々を繋げ、別のことへと昇華されていきます。

緻密に編まれた文章は、読む人の心に、脳内に、マリー・ロールとヴェルナーが生きる世界を描き出し、マリー・ロールが触れる貝の感触、ヴェルナーが耳をそばだてたラジオの音を、自分が体験しているように伝えてきます。

読み終わった後、しばらく呆然として、自分のいる場所に戻ってこれない。。。みたいな状態になりました。
小説というものの可能性、世界、そして美しさを最大限に見せ付けてくる本でした。

いやー、こんなに感想書くのが難しい本はないです。
自分の言葉が、陳腐でしかない。
この本、翻訳も素晴らしいです。

09:48  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

地図の上の未知なる世界 ~奇妙な孤島の物語

2016.10.13 (Thu)



旅行関係の書棚で平積みになっていたのを見つけて、買いました。
高い本だが、後悔はない。

地球上には、知られていない孤島がたくさんあり、その中のいくつかを取り上げて、その由来や云われ、歴史を書いた本です。
片側に地図上のその孤島が掲載され、残りの片側に、箇条書きに云われや歴史が書かれてる。
それだけの本。

けどもうこれ、夢とロマンとアドベンチャー満載の本でした。

所有権をもった貴族が、使用人たちと移住した島、飢えと暴力が人々を襲い、最後、島を退去する時には、女性と子供しかいなかったとか、観測所しかなく、住民は3人とかの島とか、何度も調査がはいったけれど、どうしようもなく自然がすさまじくて退去するしかなかった島とか、人を食べてるので無理でした!な島とか、フリーセックス万歳!な島とか、特殊な風土病がある島とか。

隔絶された世界だからこそ成立する、不思議な世界がそこにありました。

著者は地図マニアで、実際にその島にいったとかはまったくなく、地図上でいろいろな場所を見るのが好きな人だそうです。
はぁ?地図?とか思っていたのですが、読み進めるうちに、地図にある島の形みながらわくわくするようになり、地図を見て、自分の知らない世界がこんなにある!とか思うようになりました。
しかもその未知なる世界、リアルに存在してるんだよ!

似たような本ないかなーって探しましたが、これ以外にはありませんでした。
残念だー。

装丁にもこだわりがあり、マニア感満載な本。
たぶん売れない本のカテゴリーにはいっちゃうんだと思うけど、こういう本、もっとでてほしいなぁ。
10:21  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

そんなつもりじゃなかった ~殺人者たちの午後

2016.07.08 (Fri)



イギリスは死刑がないそうで、死刑に該当する刑罰は終身刑だそうです。
この本は、その終身刑を受けた人々をインタビューしたものをまとめた本で、オーラルヒストリーと呼ばれるのだそうです。
終身刑といっても、中には仮釈放されて保護観察中の人も数人います。
ただし、彼らはあくまでも終身刑なので、生涯保護観察の身で、逐次すべてを報告しなければなりませんし、何かあればすぐさままた収監される身です。
やっと得た仕事の雇用主にも、つきあいが始まった恋人にも、自分が殺人犯で終身刑の身であることを言わなければなりません。

この本に収められている人々は、全員ブルーカラー出身の人たちでした。
イギリスのブルーカラー層の人たちは、我々日本人が考えるのとはまったく違っています。
イギリス(というよりは欧州)は、かなり明確で完全な階層社会で、生まれた家によって職業や教育も違ってきます。
もちろん、そこに生まれたから犯罪に走るというわけではありません。
ただ、犯罪に走る率は高いと言えます。

自分を語る時、彼らの言葉は基本的に穏やかで、そして淡々としています。
殺人を犯すような人とは思えないような人もいます。

ただ、すべての人に共通している部分がありました。
「殺すつもりはなかった」という言葉を、すべての人が言っています。
中には、殺した記憶がない人、あるいは改ざんされてしまっている人(自分の記憶の中では、殺したことになっていない)もいました。
しかし、インタビューを受けて、克明につづられたその中に、彼らがいかに確実に、意図的に、殺意をもって人を殺すに至ったかが書かれています。
それは、本人も気づかない、何気ない部分に、はっきりと言葉になって書かれていました。

ほぼ全員に共通しているのは、崩壊した家庭で育っていること、きちんと教育をうけていないこと(本人が自分から学校をやめているケース多数)、社会通念や理念、モラルの基盤が薄いことです。
同じ環境、状況で育っている彼らの兄妹が、まったく犯罪に手を染めていないケースも多いです。
つまり、環境によって形成されてしまった部分はあるにしても、犯罪に至る根本的原因は、本人の持つ何らかの性質、気質によるものだというのがわかります。

インタビューを受けている人たちは、基本、現在更正の道を歩んでいます。
とはいっても、収監され、保護観察で厳しい監視の中で生活していることが、彼らの衝動を抑えるストッパーになっているのは確かで、さらに、ストッパーのある中での世界では、彼らの暴発を誘発させるような事態は起こりにくいわけで、つまり、完全に管理された中だから、“もう、何も問題ないように見える”だけなのも事実だったりします。

数人が、「死刑がないから、死は免れている。しかし、終身刑というものは、ゆるやかに死に向かう道を、意味なく消費する日々をすごすことだ」というようなことを言っています。

罪を憎んで人を憎まずといいますが、この本に出てくる人々は、祖父、警官、友人、妻、自分の子供、まったく見知らぬ行き連りの人を無残な形で殺めていて、中には、6歳と3歳の子供を誘拐し、性的な暴行をした挙句、惨殺した人もいます。
彼らがもし自分のそばにきて、「罪はもう悔いました」と言ったとして、それを笑顔で受け止めて、自分の同僚、自分の友達として、自分の家に招き入れる人は、果たしてどれだけいるか。

ひとりだけ、本当の意味で更正の道を歩き出した人がいます。
その人が真実、自分の犯した罪を受け入れ、それに向き合い、殺人を犯した自分としての人生をあらためて歩き出すに至るきっかけになり、そして支えになったのは、神の存在でした。

それはとても象徴的な現実だと、読んでいて思いました。


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そして少女たちは大人になる ~ 本屋さんのダイアナ

2016.06.28 (Tue)

    

文庫化、待ってたー!!!(喜)

“大穴”と書いて“ダイアナ”と読む名前を持つ主人公。
「超ラッキーな名前じゃん!」と言ってるキャバ嬢の母ティアラは、ダイアナを16歳の時に産みました。
細い華奢な身体に、とがったあごと大きな目を持つ美少女ですが、ティアラに髪の毛をブリーチされて、小学生ながら金髪。
内向的で本の好きなダイアナは、クラスで孤立していました。

そんなダイアナの親友になるのが、彩子ちゃん。
編集の仕事をしている穏やかなお父さんと、お料理を教えているナチュラル派美人なお母さんをもつ、ちょっとセレブな女の子です。
すっとしたきれいな彩子ちゃんは、クラスでもみんなから一目置かれていて、彼女にあこがれる子はたくさんいます。

そんなふたりが出会い、無二の親友となり、とあることから絶好となり、そして再会して再び友人となるまでの長い時間を描いたこの小説。
なんというか、懐かしさがいっぱいの物語でした。
たぶん、多くの女性が、この物語のどこかに、かつての自分を見つけることになると思います。
さらに、ダイアナと同じ年頃に、彼女が好きだった本を読んだ人にとっては、楽しさが倍になります。
この小説は、「赤毛のアン」を下敷きにした部分がたくさんあって、アンシリーズが好きだった人には、たまらない部分たくさん。

ダイアナも彩子ちゃんも、女の子にありがちな意地や見栄があり、理想とする自分と現実に在る自分とのギャップに悩み、それぞれが“本当の自分”を別にもっていたりします。
その“本当の自分”は、実は、本人が思っている形の自分ではなく、彩子ちゃんから見たダイアナであり、ダイアナから見た彩子ちゃんです。
ふたりは互いに、その“本当の自分”を互いに知る者、認める者同士としての道を歩いていきます。

キィパーソンとなる、ダイアナの母のティアラ。
彼女がどうして家を出てしまったのか、詳細は語られていませんが、おおまかな事はさくっと本人が語っています。
ティアラが娘のダイアナや彩子ちゃんに語る、「女だからってナメられたらだめ。自分の力でつかみとれ、自分が戦うんだ」という言葉は、ダイアナと彩子ちゃんが大人の階段を上りだして初めて、理解するに及びます。
誰からも理解されることのなかったティアラは、強くたくましくしなやかに生きて、後輩の女の子たちにエールを送ります。
なんてすてき。

みんなからの理解を拒絶したダイアナ、みんなに受け入れてもらうために自分を隠した彩子ちゃんは、それぞれ20歳を超えて、それぞれが大きな一歩を踏み出します。
それは、それぞれが自分にかけた呪いを解く、大きな、大事な一瞬。
がんばれ!とエールをおくりたくなるような物語の終わりでした。

この物語に出てくる大人は、とてもまっとうで、ごくごく普通の人たちでほっとしました。
あからさまな悪意や敵意に満ちた大人を描く小説が増えている中、“ごく普通にまっとう”な大人をきちんと描いた、最近は数少ない貴重な1冊でもあると思います。

途中から、SFとハードボイルド街道まっしぐらにはいっていった私とは違い、ダイアナはきっちりかっちり文学少女の道を歩いていっていて、すごいなぁと思いました(笑)
14:39  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

ピクチャーブライドたちの運命 ~屋根裏の仏さま

2016.06.09 (Thu)



“私たち”は、アメリカから送られてきた写真の男性のところに嫁ぎます。
長い船旅を経て到着したアメリカで、“私たち”を待っていたのは、若くて成功したハンサムな日本人男性たちではなく、休みなく働いてぎりぎりの生活をなんとか維持しているような、疲れ果てた男たちでした。
言葉も出来ない“私たち”は、日本に帰ることもできず、無理やり犯されるようにして子供を産み、そして夫と同じように疲れ果てていきます。
それでも築いたささやかな生活を、今度は戦火が襲う。

実際にいたピクチャーブライドたちを丹念に取材し、調査して、それを小説にしたのがこの「屋根裏の仏さま」です。
不特定大多数の日本女性たちは、“私たち”という形でおのが人生、そして仲間たちの人生を語る形式の文章で、まるで流れる詩のように物語は進行していきます。

“私たち”として語られることで、読んでいる我々は、単一個人の経験談としてではなく、総括的な体験として物語を見ることになり、結果、それぞれの糸が織り込まれてひとつの大きな素晴らしい絵のようになったタペストリーを見るような感覚になります。

淡々と語られる多くの女性の人生のほとんどが悲惨なものですが、後半、その中で穏やかな日々を作り上げることが出来た日本人たちの日常が、あっという間に崩壊します。
いづこかへ連れ去れた彼女たちのその後を語るのは、残された白人女性の“私たち”で、その声はいつの間にか遠くなっていくラスト。

大戦勃発によって、すべての日本人が収容所に送られた事実は知られていますが、それぞれの人々がどんな想いをもって、あるいはどんな状況で、すべてを捨てる結果になったのか、この本では淡々と語られています。

初めて触れた形式の小説です。
小説の表現が多くの可能性と広がりをまだまだもっていることを、この小説は示しているように思いました。
余韻が素晴らしく、読後、すべての人々が舞台から去った後、何もないその場所に風だけが残った・・・みたいな感覚になりました。
訳もとてもよくて、何度も何度も読み返したい本です。

最近、翻訳本がとても読みたくて、いろいろ買って読んでいます。
翻訳本のほとんどがハードカバーで、値段もそれなりにするのが、けっこう大変なところ。
でも、本当に良い本が多く、もっともっと読みたいと思う今日この頃です。

13:51  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

ポーの一族 40年ぶりの新作

2016.04.28 (Thu)

萩尾望都の「ポーの一族」、40年ぶりの新作だそうです → ここ

調べたら、連載は1970年代でした。
びっくり。
そんな昔に描かれたものとは、到底思えない、今読んでもまったく遜色なくすごい作品です。

私が初めてコミックというものを手にしたのは、実はこの「ポーの一族」で、祖母からおこづかいもらって行った本屋さんで、ずっと年上の親戚のお姉さんが「これにしなさい」と言って買わされた本でありました。
その時私、8歳くらい。
それまではなかよしとか読んでいたのに、いきなりそこで、「ポーの一族」!!!
思えば、あの瞬間から、人生変わったよね(しみじみ)。

Twitterでも話題になっていましたが、その中で、ずっとエドガーを追い続けたジョン・オービンが、老齢になってエドガーに再会するシーンがありますが、我々、リアルにそれ、体験することになったよ!!! >オービンほどにはみな、歳とってないけど

私にとっては、エドガーとアランの育てられたリデルまんまな体験だよ!!!
かつて、見上げていたおにーさんな14歳のエドガーが、14歳のまま、大人になった私の前に現れるんです。。。
リデルが、自分だけが歳をとっていくことに気がついて、ひとりで泣くシーンがありました。
・・・・・・・・・・・・・・・・よもや、自分がリアルにリデルな気持ちになるなんて、思ってもみなかったです。

考えたらこれ、とてつもなくすごい体験だと、あらためて思ってます。
だって、マンガの中で、エドガーやアランを巡る人々がみな感じていたことを、我々、そのまま体感するんですよ。
40年たっても、エドガーはかわらないんですよ。

萩尾先生、ありがとう!!
マジ、生きててよかった!!




萩尾先生、「寄生獣」のスピンオフも描いてて、次に「ポーの一族」で、これからまだ何かあるかもしれません。
なんか、どうしたの!!大丈夫???みたいな気持ちになってる!!!
でも、うれしい!!

ちなみに掲載される話は、どうやら大戦前後くらいなので、まだアランがいた頃の話だそうです。
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熱い青春小説 ~ゼロワン

2016.03.03 (Thu)



若木未生と聞けば、ラノベのタイトルの方が有名だと思いますが、この本はそのイメージで読むと「え・・・」ってなってしまうと思います。
物語の主人公は三十超えた男、声優の仕事をしながら、お笑いの道を目指しています。
彼の相方は、かつての親友の弟。
ふたりは若手漫才師たちの頂点を目指す、マンザイグランプリに挑戦します。

私、実は吉本系のお笑いが苦手で、テレビとか見ても、「おかしくもなんともないのに、なんでみな、笑ってるんだ?」という感じのことが多かったのですが、ある時、今いくよくるよ師匠の「どやさ」を見て、吐くほど大笑いし、そこでふと「同じ吉本で何が違うんだ?」と考えたことがあります。
そこで大阪出身の知人が、「師匠たちの芸は、磨きぬかれた、計算されつくしたお笑い芸、あれは芸術」と説明され、なるほど、これがつまり芸人の技ってやつなのか!!と感動しました。

もしこれがテレビとかだったら、普通に笑って終わるところ、この物語はそこがまさにバトル。
すさまじいヒリヒリ感と緊張感があふれ出し、読むのが止まらなくなりました。

ゼロワンのふたりを結ぶのは、主人公の親友であり、相方の兄だった天才肌の男の死です。
ゼロワンのライバル、独自の世界を持つクロエの笑いの軸になっているのも、死です。

クロエ兄の狂気とも言える笑いへの欲求は、底知れぬ暗い淵からあふれ出た彼の叫びであることが、読み進めるうちにわかってきます。
そして、一見明るくナイスガイなクロエ弟にもそれは確実に存在している。
その叫びが、観客の笑いを引き起こすシーンは、寒気がくるほどに狂気じみています。
しかしこれ、もしテレビで見ていたりしていたら、私自身もただ笑って終わっていたかもしれません。

主人公は30代、人生に成功しているとは到底いえない男です。
それで青春小説って言い方はどうよ?って言う人もいるかもしれません。
いてもいい。
これは確実に青春小説だと、私は思います。

挑戦するということ、やりなおすということ、葛藤をかかえ、悩みながら、挫折しながら、地にはいつくばり、反吐をはきながら、それでも手をのばすことをやめず、高みに手をのばし続ける人を描いた、青春小説だと思います。

会話のテンポがとてもよく、個人的にはこちらのほうが気楽に楽しめました。
お笑いのシーンは、ガチで戦闘シーンだった(笑)

感想とか見てたらクロエを好きって言ってる人が多かったのですが、私は断然、耳付きこいぬ師匠推しです。
こいぬ師匠の芸を見たいです!!!
09:43  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

来たれ!ハルキスト! ~国境の南 太陽の西

2016.02.22 (Mon)



村上春樹、ほとんど読んでいるのですが、実は、何がいいんだか、どこがいいんだか、さっぱりわからない。
しかし、初版で何十万部も売れて、ノーベル文学賞候補にまでなってるし、コアなファンもたくさん多い。
いつか、その良さがわかるかもしれないと読み続け、そしてわからないままでおりました。

たまに参加している読書会、今回の課題書がその村上春樹「国境の南 太陽の西」だったので、参加してみました。
この本が課題書で参加する人たちなら、きっとかの、ハルキストがたくさんいるに違いない。
その人たちから、ぜひとも、村上春樹の良さというのをうかがいたい!と思った次第。

だがしかし。

蓋をあけたら、「私もどこがいいのかさっぱりわからなかったので、ぜひともその良さを知りたくて参加しました」ってな人ばっかりだった(爆)

ただ、読み方にはいろいろあって、島本さんもいずみも、実は実在していない人間なんじゃないかという意見が出ました。
これは男子部でも同じ意見が出ていたそうで、面白い見かたと思います。

それから、私が「主人公がこだわり続けているのは、セックスしていない女性だけで、関係があった女性たちは名前もでてこないでスルーなんだが、何かそこには意味があるのだろうか」と投げかけてみたところ、女子部では「言われてみればそうだ」という話になりましたが、男子部では「あまり関係ないんじゃないか」という意見。

女子部にひとり、男子部に3人、共感する部分はあるといった人たちがいて、「失われてしまったものは戻らないという悲しさ」や「本当の意味で心をシェアする相手を求める気持ち」、「それとは別に存在し、決して逃れることの出来ない現実の生活の中で抱える空虚さ」などをあげていました。

もっとも、「ただの不倫の話」であることや、「男にとっては都合いい夢物語」という意見は、ほぼ全員一致。
好みや内容はともかく、余韻のある文章だし、さらさらと読めてしまうということは、文章が巧みであることは確かだろうという意見も、全員あげていました。

読書会の醍醐味は、自分だけでだと気がつかない思わぬ考えや意見を聞けることで、そこから意見述べ合って発展していくことで、思ってもみなかった見解にいきついたり、読み解きに至ったりすることで、今回はとくにそこが面白かったです。

参加者の年齢層は幅広く、いろいろな人がいるので、とおりいっぺんの話にならないのも、読書会の醍醐味かと。
人間の関わりには価値観の共有が必須ですが、読書会の場合、本が好き、それについていろいろな人と語りたいって部分がシェアされているので、その向きが好きな人には楽しい充実した時間になると思います。


10:20  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

名作の影で ~少年の名はジルベール

2016.01.31 (Sun)



私の遺伝子には、竹宮恵子と萩尾望都ががっつり食い込んでいます。
この本は、その竹宮恵子さんが初めて書いた、“竹宮恵子ができるまで”な本でした。

竹宮恵子といえば、「風と木の歌」「地球へ・・・」という人が多いと思いますが、私には、「ヴィレンツ物語」と「ウィーン協奏曲」の人です。

ピアノをずっとやっていた私、初めて「ヴィレンツ物語」を読んだ時の衝撃、忘れません。
エドアルド・ソルティのヴァイオリンの音に焦がれた女の子でした。
(影響受けたのは、妹も同じで、今、ヴァイオリンやってる)
「ウィーン協奏曲」で主人公が、「ウィーンの街は、どこからでも音楽が流れてくる」って思うシーンがあって、今もってそれが一枚の絵として心に残っています。

それらのだいぶ前に連載になっていたという「ファラオの墓」は、友人のお姉さんが単行本全巻持っていたので、借りて読みました。
マジ、徹夜本だった。
当時、中学生だった私の脳天、かち割るくらいに衝撃を与えてます。
亡国の王子と宿敵となった孤独な敵国の王、その間で苦悩する主人公の妹、謀略の限りを尽くす大臣などなど、まったくもって少女マンガじゃないけれど、少女の心に、怒涛の炎をつけたマンガです。
今は、その種のマンガも少女マンガには珍しくないけれど、連載当時の時代背景考えたら、たぶん、すごい挑戦的な作品だったでありましょう。

竹宮先生!!!
アンケスエンは、13歳の私に、人生の指針を与えた人ですからっっっ!!!


白い花が咲き乱れる中で、自害の道を選んだ彼女の最期に、ベッドの中で声あげて泣いた私だ。

そういう作品が生み出される裏で、竹宮さんの苦悩と苦闘がどれほどだったか、この本に書かれていました。
ひとりの作家が、創作するということに向かう中で、どれほどのものを抱えるか、考えるか、戦うかがうかがえました。

竹宮さんが萩尾望都さんに抱き続けた複雑な想いも、この本には正直に書かれています。
私は萩尾さんの書く物にも多大に影響受けていますが、竹宮さんと萩尾さんでは、まったく違うと思っています。

「風と木の詩」、何度か読もうとして挫折し、少し前にやっと全巻読みましたが、私、まったく好きになれませんでした。
どいつもこいつも、ろくでなし!!
嫌な奴ばっかり!!
・・・って感じで、とくに主人子のセルジュには、ムカつくだけ。
なんだよ、こいつ。善人ぶってるが、ただの無神経な人間じゃないか!ってなってました。
しかしそこで、我が家の貴重蔵書でもあるその続編「神の子羊」(小説)読み直してみて、「あ、竹宮さんは、セルジュはそういう人間だってして書いていたんじゃないのか?」ってなって、そこで「うわーーーーーーーー!!!!」となりました。

「地球へ・・・」もそうですが、それぞれの立場、それぞれが生きてきた背景、そういうものの中に存在するどうしようもない宿命、とか。
そういうものを描くということにおいて、竹宮さんはすごい。
立場の違う人たちが、関わり、離別し、しかしその出会いによって作られていく歴史や物語、人生というものを描くのは、竹宮さんは絶品です。

竹宮作品は、挑戦的なマンガや優れたSF作品がたくさんあります。
「夏への扉」 「姫くずし」 「集まる日」「オルフェの遺言」「ジルベスターの星から」「私を月までつれていって」

今は、大学で教鞭をとられているとのこと。
新作はもう読めないのかぁ・・・と思うと、ひじょうに残念でなりません。
ってことで、この本読んで、過去の竹宮作品を総ざらいで読みたくなりました。

14:37  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

これ、すごくいいんで

2016.01.21 (Thu)

ちばてつや賞受賞マンガですが、Twitterで薦めていた方がいて、読んでみたところ。

すごくいいよ!!!
これっっっ!!!


ってことで、たくさんの人に読んで欲しい → ここ

すごくいい。
心にしみました。

09:56  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

耽美の原点 ~赤江 瀑

2015.11.03 (Tue)

3歳で字が読めるようになった私は、読む本にボーダーなさすぎて、親が小学校に呼ばれるという事態まで巻き起こしましたが、両親は良い意味で読む本にエリアを設けなかったので、自由奔放の読書三昧していました。

ちょうど、いわゆるJUNE(BLではなく)にはまったあたりの多感な中学生の頃、同時に大藪春彦にむっちゃハマって、頭おかしくなっていたのですが、同じ時に赤江 瀑に出会いました。

最初の読んだのが、新婚旅行で地方に行った若い夫婦が、夜の海で秘密の男だけの祭りに遭遇、そのまま妻の目の前で、夫が輪姦されます。

この時ワタクシ、確か中学三年生くらいだったと思うのですが、

「え?そっち????????(@@)」

・・・となりました。
だって純文学だし。。。

夫は能楽師で、その後、狂ったように舞うようになり、妻はどんどん追い詰められて狂気に走る。。。ってな話しだったのですが、素晴らしく美しく耽美な文章で、匂いにむせびそうな感じの作家でありまして。

その後、沼にはまりこみ、赤江文学買い捲って読みました。
そんな本は、学校の図書館にはない!!
さらに、恐らく明らかに18禁に近い内容なので、図書館で借りれない!!

赤江 瀑の小説は、日本の伝統芸能が軸になったものが多く、能や歌舞伎、刺青、人形や文楽などがモチーフになったものが多いのが特徴ですが、色の描写も鮮やかです。
ちなみに、本当に濃厚な世界観なので、母は読んで、「あまりに濃すぎて、気持ち悪くなる」と言ってました。
ついでに、「あなた、これ読んで、よさがわかるの?」とも言ってた(笑)

「オイディプスの刃」は、兄弟の確執を描いたものですが、行方不明になっていた弟が、超美男子になって戻ってきて、しかも明らかに男色の色ぷんすか!とかですし、「雪月花葬刺し」は、大掛かりな刺青を身体にいれようとする女性に、刺青師が「痛みは作品を歪める」という方新で、美貌の弟子に彼女を抱かせた状態で刺青をいれるとか。。。

中学生の私はとんでもない沼にはまってしまっておった。(笑)

ちなみに我が家には、すでにほとんど絶版になってしまっている赤江 瀑作品の文庫は全部そろってます。
コアなファンが多くいる作家なので、そういう人、けっこういるみたい。

一般的に名の知れた作家ではなかったので、ハードカバー出ても知らずにいて、そのまま入手困難になってしまったものもあり、恐らく今後、文庫化する可能性もないだろうと思われますが、正直、全集出してもいいくらいの作家と思ってます。
全集出たら、買う。
朱に金の箔押しで出してほしい。

そっちの向きが好きという方には、数冊まだ入手可能な本があるので、ぜひとも読んでいただきたいです。
頭おかしくなるくらい、耽美な世界です。

作者は男性で、数年前にお亡くなりになりました。
本当に残念。。。

10:39  |  book  |  Trackback(0)  |  Comment(0)
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